Monthly Archives: January 2017

AC Tunes ~ Vol.43 【Rumer】

年末年始とほとんど休みなく忙しくしているうちに、あっという間に暦でいうところの「大寒」に突入し、気がつけばここ数年「賀状」に代えて送らせていただいている「寒中見舞い」も出せずじまいでした。賀状を頂戴した皆様、大変ご無礼いたしまして申し訳ありませんでした。また、いつもご訪問くださるブログ・リーダーの皆様も、本年もよろしくお付き合いください。

さて、彼の地のきな臭い政治の話題で熱くなるのはもう止めにして、また本来の音楽主体の内容に戻しましょう。
本当に多くの愛する音楽家たちが逝ってしまった暗く悲しい2016年の最後の最後で、敬愛する「ジョージ・マイケル」の予期せぬ訃報でかなりのダメージを受けてしまい、しばらく謹慎でもしようかと考えていたのですが、僕はやらない「facebook」で「がんばれ、がんばれ」と言わんばかりの「いいね」で後押ししてくださる方々がそれはもう沢山いらして、なんとか期待に応えねばとようやく復帰した次第であります。

しばらくほったらかしだった“AC Tunes”のシリーズですが、『大人が聴いてリラックスできる音楽』いわゆる『Adult Contemporary Music』のご紹介記事も、今年はまたすこしずつUPしていこうかと思っています。年末にこじらせた風邪や世界中からの Bad News などで、心身ともに疲弊していた自分を癒してくれたのは、こんな愛しく懐かしい70年代のPOPSを思い起こさせてくれるアーティストでした。

今回ご紹介する『Rumer』(ルーマー)は、父親の事業の関係でパキスタンで生まれた、英国人アーティストです。2010年に英国で30歳を過ぎた遅咲きのデビューで、70年代を席巻したカーペンターズの「カレン・カーペンター」「キャロル・キング」のまるで生まれ変わりと評され、世界中でそのヴォーカルを絶賛されているシンガー・ソングライターの一人です。
昨年暮れに近い頃に、彼女自身としては4作目となる、御大バート・バカラック「ハル・デイヴィッド」の手による作品のカヴァー・アルバムをリリースしたというNEWSがあり、それがきっかけで改めて過去の作品をしみじみと聴き入ってしまいました。

 
今回取り上げるのは2014年にリリースされた3作目のアルバム「Into Colour」からの2曲です。
レコード会社のプロフィールからも分かるように、本当に苦労してやっと掴んだシンデレラ・ストーリーのような彼女の人生だけに、オーディエンスの琴線に触れる素晴らしいヴォーカルを聴かせてくれます。
アルバム「Into Colour」は、彼女の才能と歌声に魅せられ、プロデューサーから後に伴侶となるバート・バカラックの側近「ロブ・シラクバリ」と米国に渡って共に作り上げたアルバムとなっています。
スロウ・ミディアムなバラッド『Better Place』は、きっと新天地を求めて移住した当時の心象を歌にしたのかもしれません。
そして次の『Butterfly』という作品は、そんな二人の間に灯った小さな命の灯火が消えてしまった悲しい思いを、「蝶」(バタフライ)の姿に託して、作品を書き上げたというエピソードがあるそうです。
まるで、擦りむいたヒザ小僧がすこしずつ治りかけていくような「優しさ」を持った、きわめて繊細でイノセントな美しいバラッドです。もう、涙なしには聴けません。疲れた大人たちへの処方箋です。
 

 

一度では紹介しきれないので、彼女の作品については、また改めて取り上げようと思っています。また、最新アルバムのメイキング映像が彼女のYouTubeのオフィシャルにUPされていますので、ご興味を持たれた方はどうぞこちらへ。

 

 

【雑記】 アメリカよ、何処へ

2017年が明けてから、初めての更新です。

心地よい音楽を紹介することを中心に構成したこのサイト(ブログ)では、本来の目的からは遠いカテゴリーにある「政治的な話題」などは敢えて避けてきたのですが、今回は一言自分のサイトから意見を発しておきたいという思いに駆られたので、あえて発言しておきます。

 

 

『人は、これまで聴いてきた音楽、読んできた本、そして観てきた映画でできている。』
そんな言葉を時々耳にすることがあるけれど、とりわけ「カルチャー(文化)」という意味では、まさにその言葉の通りだと、50を過ぎた今、僕自身まったく同感する思いだ。

このブログの中でも何度となく触れてきたように、僕らの世代のほとんどの人々は、米国発の音楽であったり、映画であったり、アメリカン・カジュアルなファッション等に多大な影響を受けて育ってきたものだ。例えば自分を例にしてみれば、音楽的にはアメリカン・ポップス~ウェストコースト・ロック~ソウル(R&B)~ジャズへ向かい、映画は奇才「ウディ・アレン」監督作品の数々、そして小説は「ヘミング・ウェイ」や「片岡義男」と、それこそ米国のカルチャーをシャワーのように浴びて育ったといっても、決して過言ではない。
気がつけば、大学を卒業してすぐに勤めた邦人系企業と、会社員を辞め独立して始めた「Mellows」での準備・営業期間を除けば、社会に出て30年のうち四半世紀にあたる25年という歳月を、現在も含め米国籍の企業で過ごしてきたことになる。

思い起こせば、1991年ブッシュ(父)政権時突然勃発した中東での「湾岸戦争」による対米国へのテロの懸念から、急に取りやめになった米国本土への出張であるとか、2001年ブッシュ(息子)政権時に起きた忌まわしきNYでの「9.11」のアルカイダによる同時多発テロの際、成田を出発した自社機も含め米国へ向かっていた旅客機のほとんどが緊急リターンしてきて空港が大パニックになったことなど、海の向こうとはいえど米国で発生する多くの出来事に一喜一憂する日々を永く過ごしてきた。

そんなわけで、ある意味、米国文化にどっぷりと漬かっているような人生と言えなくもない。おそらくそのルーツは、自分の中で自然に育ってしまった「アメリカン・カルチャー」への憧れのようなものに、結局は行き着くのではないかと思っている。まあ、戦後生まれの僕らより上の世代の人々は誰しも、皆似たような体験を持っているのではないだろうか。

そんな米国で、明日現地時間1/20に、史上最低支持率の第45代合衆国大統領が就任予定となっている。
ビジネスの世界で大成功してきたトランプ次期大統領ではあるが、こと政治の面では素人であり未知数と言われている。「未知数」とは肯定的な見地からの表現であって、裏を返せば「不安」と「無知」を暗示しているのは明白だ。
「アメリカン・ドリーム」などというワクワクする言葉が踊った時代がかつてあった、自由主義の象徴である米国で、票を多く獲得した候補者が選ばれることのない、あまりに不可解な代理人制度による選挙制度が未だに存在していることが、自分には到底理解できない。今や「月」どころか宇宙に衛星を打ち上げ、国際宇宙ステーションまでもが存在するような高度に発展した現代社会の中で、日本も含めこの国では女性が大統領や首相に選ばれることがまだ実現されていない。やはり、どこがが、何かが、おかしい。そこには、ジェンダーであるとか人種であるとか、そういった問題が見え隠れしているのは否めない事実だ。そこに寛容の姿勢を見せることのできない人物に、あらゆる人種と移民を受け入れてきた歴史を背景にここまで発展してきた「合衆国」はおろか、ましてや世界のリーダーが務まるとは思えない。まだ確証がないにせよ、ロシア政府まで巻き込んだサイバー空間での不正疑惑も含め、まるでカンニングをしてテストで一番を取るような行為となんら変わらないではないか。「恥を知れ」と言いたいものだ。

 

 

先般、第74回ゴールデン・グローブ賞でセシル・B・デミル賞を受賞した女優「メリル・ストリープ」が、 「障がいを持つ記者のモノマネで爆笑をとるとは、国家の頂点に立つ人間のやることでしょうか?」と、トランプ次期大統領を批判するスピーチを行ったことに対し、自身のツイッターで『最も過大評価されている女優のひとり』とやり返したそうだが、本当にこんな次元の人物で、世界をリードしなければならない超大国のトップが務まるのだろうか。はなはだ疑問でならない。ツイッターとはいえ、これから要職に就こうとしている人間が成す行為としては、あまりに軽率すぎてお話しにならない。本来であれば、世界中で最も言葉を選んで発言せねばならない立場にあるはずなのにだ。だいたいツイッターなどにいちいちしかも即座に反論しているような時点で、もはやアウトじゃないだろうか。

個人的に言わせてもらえば、退任する「オバマ大統領」の雄弁で心に響くスピーチや慈悲深い声明文の数々、そして「メリル・ストリープ」の素晴らしい演技で心が大きく揺さぶられるほどの感動を受けたことは幾度もあるが、次期大統領の言葉に怒りを感じたことはあれども、ただの一度でも、1ミリでも心が動かされたことは皆無だ。これだけはこの場で発しておきたい。「あなたは明らかに間違っている」と。

かつて政治・経済・文化で世界をリードしてきた、あの強く魅力に満ち溢れ世界中から羨望の眼差しを集めていた頃の「古き良きアメリカ」に、果たして戻れるのだろうか。そうであって欲しいとは思うが、僕自身としてはとても懐疑的な思いを強くしている。

 


Player / “Baby Come Back” (1978)