Search Results for: バート・バカラック

Mellow Tunes ~ Vol.199 【JUJU×松尾潔×小林武史】

いつもご訪問ありがとうございます。
11月も後半に入り、例年より暖かいとはいえ、昼夜の寒暖差で植物や樹々たちの色付きも、確実に足早になっているような印象を受けます。

 

 
今日になって、「JUJU」がリリースした話題の作品『メトロ』の MV(フル・ヴァージョン)が「YouTube」にて公開となりました。リリース以前からずっと紹介したいと思っていたのですが、できれば「フル」で聴いていただくべき作品だと感じてましたので、ようやくこうして取り上げることができてうれしく思います。

当サイトを訪問してくださる方々はもちろんのこと、多くの方が既にご覧になっているかもしれませんが、秋の入り口頃からON-AIRが始まった「東京メトロ」のCM(松尾さんも出演)のバックで流れているのが、本作品『メトロ』なのは敢えて説明は不要ですね。この作品は現代の国内ミュージック・シーンを担う重要な二人の音楽プロデューサーである、「小林武史」氏と、このサイトではこれまでもずっと応援している「松尾潔」氏による、共同プロデュースというあまり例を見ないコラボレーション作品となりました。

『メトロ』を初めて聴いた時の印象ですが、楽曲のピアノのイントロが始まった時点で、「これはもう大変なことが起きている」とハッとしました。まだヴォーカルを聴いてもいないのに、そんなふうに感じる作品とは、洋楽・邦楽を問わずとも、まず数十年に一度くらいしか出逢うことがないもの。そして、情感を抑えながら歌い出した「JUJU」のヴォーカルが素晴らしい。ワン・コーラス聴いたところで確信したのは、これはまさしく「バカラック・メロディ」であるということでした。
松尾さんが先に詩を書き、その後に小林さんが曲を付けたという、現代では珍しい「詩先」という手法で出来上がった楽曲とのことですが、かつて1970年代のアメリカン・ポップス界の偉大なスターであった、僕も愛してやまない「The Carpenters」(カーペンターズ)を聴いてきた世代の方々であれば、「そうか」と気付かれた方も多いのでは。
偉大な音楽家「Burt Bacharach」(バート・バカラック)「Hal David」(ハル・デイヴィッド)の黄金コンビによってこの世に生み出された不朽の名曲でありスタンダード作品である、『(They Long to Be) Close to You』(邦題「遙かなる影」)にも相通ずる、今後も後世にしっかりと遺りそして歌い継がれていくであろう「名曲の誕生の瞬間」に、偶然同じ時代に生きた我々は運良く立ち会えたのかもしれません。誰もが口ずさめる「メロディ」と、誰もが身に覚えのある「歌詞」が融合し、シンプルでいて切なく、しかし希望を感じさせる、そんな「バカラック作品」と共通する「something」を、僕は強く意識しました。

 

JUJU 「メトロ」 Music Video
(2018/12/05発売 JAZZ ALBUM「DELICIOUS ~JUJU’s JAZZ 3rd Dish~」収録)


小林さん作曲のシンプルなのにスケール感が大きく変調するホーンセクションとストリングス、JUJUのヴォーカリストに徹し切った姿勢、そしてなによりも松尾さんの「歌詞」がすごい。「変わらなきゃ‥」「でもそんなに簡単に自分を変えられない‥」。自分自身ずっと何十年もそんなことで悩んでいたりするし、男女関係なくどんな世代の誰にでも心当たりのある、この「普遍的なテーマ」に共鳴しない人はいないでしょう。
かつて学生だった30年以上前の僕も、地下鉄千代田線で学校に通い、のちに社会人となって都内に勤務していた駆け出しの頃には、銀座線・東西線・半蔵門線に毎日揺られ、不特定多数の人々とすれ違い、多くの経験を積みながら、徐々に大人への階段を昇っていったのだと、後日制作され公開となった「メトロ」の Music Video を拝見して、そんなことを懐かしく思い出したりしました。Music Video では、そんな「歌詞」の世界観を、主演女優の方がとても上手く演じているように感じました。

作品の名義が『メトロ / JUJU X 松尾 潔 X 小林武史』となっている理由、よーく分かりますね。お三方にとっても、とても大切な作品となったのは間違いないことでしょう。
いやあしかし、松尾さん、歴史に残る作品を創りましたね。素晴らしいプロデュース・ワークに感服いたしました。

※<プロダクションノーツ「メトロポリスへのパスポート 松尾 潔」>こちらへ。

 

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.183 【 Aretha Franklin ~ Tribute】

更新お休み中もそうですが、いつもご訪問ありがとうございます。
二十日ばかりのインターバルとはいうものの、すこし「秋」が進んだような印象を受けます。
公園の植物たちにも、夏と秋が同居し始めたような風景が目に付く季節になってきました。

 

 

 

先月8/16に、76歳で亡くなった「Queen of Soul」こと『Aretha Franklin』(アレサ・フランクリン)ですが、本当に日本国内も含め世界中のメディアで沢山の報道がなされました。全てを見聞きしたわけではありませんが、報道の多くは、米国の黒人差別に端を発した「公民権運動」の立役者やその「象徴」としてのアレサの立場であり実績など、1960年代の古い作品の紹介が主であって、肝心な「R&B/SOUL」アーティストとしての視点から見た、彼女の長期にわたる音楽活動全般における、特に「後期」の部分を取り上げていたメディアはほとんどなかったように、僕自身も感じていました。

そんな矢先、当サイトでも応援させていただいております大人のためのラジオ・プログラム『松尾潔のメロウな夜』の9/10の放送で、『メロウなアレサ・フランクリン』と題した「アレサ・フランクリン」の追悼特集が組まれました。親愛なる松尾さんが、多くの追悼報道が出揃ったそのタイミングで、ご自身の「アレサとの出逢い」から夜空の星となった今日までのアレサへの愛情とその想いの丈を、彼女への自分流の『弔辞』だとして、自ら編集された約40分間に渡る「ノン・ストップ・ミックス」が、当日の電波に乗せて全国へON-AIRされました。

貴重なミックス音源には、アレサだけでなくその周辺で彼女にかかわりを持った「Luther Vandross」(ルーサー・ヴァンドロス)等、数名のアーティストによるカヴァーも散りばめられられ、まさに必聴すべき価値のある入魂の長尺ミックスとなっていました。そこには彼女の初期の代表作である、「Respect」も「Think」も「A Natural Woman」も存在していません。あるのは、このミックス編集にあたり、松尾さんがアレサの楽曲を500曲以上を聴き込んだ結果、選ばれしアレサの「メロウ」な作品だけでした。ちょうどアナログ・レコード一枚分に相当する制限された時間で、アレサの魅力を余すことなく伝えることができる内容で、初めてアレサに接するリスナーにとっては、最高の「教科書」とも言えるベストな内容だったと、僕自身はひとしきり関心いたしました。
おそらく当サイトを訪問してくださる読者の方々も、再放送も含め、聴かれた方も多いことと想像します。本当に素晴らしい「追悼番組」となり、アレサも天国でとても喜んでいることと思います。

これだけ人気もあり反響のある『松尾潔のメロウな夜』ですが、諸事情から「Radiko Time Free」 には対応しておりません。PCモードで閲覧されている方でしたら、右側バナーに張り付けてある番組へのLINKにもありますように、NHK FM/AM双方で2回の再放送があるのですが、それも聴き逃されてしまった方は、放送後に内容を書き起こしてらっしゃる『みやーんさん』のサイト『miyearn ZZ Labo』にて、ゆっくり腰を落ち着けて文字で読むことが可能です。松尾さん編集の「ノン・ストップ・ミックス」で取り上げられた個々の楽曲・作品を、単作品ですが順に動画で鑑賞することも可能ですので、ぜひアクセスしてみてください。

また余談ですが、どうしてあのような内容の「追悼番組」になり、あのミックスが出来上がったのかについて、「放送後記」にあたるNHK FMの番組HP内「メロウな徒然草」で、松尾さんの貴重な談話が記されています。恥ずかしながら僕のメッセージもまた取り上げていただいておりますが、ぜひ内容を一読されることをお薦めいたします。

とりあえずといってはなんですが、松尾さん編集の「ノン・ストップ・ミックス」15曲の中から、僕好みの数曲を、プレイイ・リストでUPさせていただきます。

 

Aretha Flanklin – KC’s Non-Stop Mix Highlight

 

 そして番組のラスト・ナンバーは、活動後期のアレサの新たな魅力を開拓することになった恩人でもあり、若くして先に逝ってしまった「ルーサー・ヴァンドロス」へトリビュートした、バート・バカラック・メロディーの金字塔『A House Is Not A Home』で、「追悼番組」は幕を閉じました。
アレサのエモーショナルでレクイエムのようにも聴こえるその壮大なバラッドに、大いに心が揺さぶられ、久しぶりに「音楽」を聴いて涙が止まりませんでした。やっぱり正真正銘の偉大なシンガーなことに、まちがいはありません。

今頃、あちらでルーサーとデュエットしているのかな…

 


Aretha Franklin – A House Is Not A Home
(from Luther Vandross All star Tribute Album)

 

緊急告知
来週9月24日放送予定の『松尾潔のメロウな夜』では、『アレサ追悼特集第2弾』をお送りします。
との情報が入ってきました。皆さん、どうぞお聴き逃しのないように。

 

Mellow Tunes ~ Vol.173【Pat Metheny】

いつもご訪問ありがとうございます。
一部が梅雨明けしたとはいえど、まだまだ梅雨前線にすっぽりと覆われた日本列島ですが、先般の大阪を中心とした近畿圏での地震には驚きました。僕は、頻繁な更新ややり取りが要求されるような「SNS」に対しては苦手こともあり、こんなペースでの更新頻度にも関わらず、実は「京都・大阪・神戸」を中心に関西方面からも、当サイトへと日常的にアクセスしてくださるブログ・リーダーの方々も少なくありません。心より皆様のご無事をお祈りしています。

そんな不安なニュースが広がる中での、「サッカー日本代表チーム」Russia World Cup での予選リーグ・第一戦の勝利は、阪神地区だけでなく日本列島全体を鼓舞する嬉しいニュースとなりました。
過去に、長らくガンバ大阪で指揮を取っていた西野監督率いる「西野JAPAN」には、今後の予選も気を引き締めて、思う存分戦って欲しいと思います。また、4・5年前の「国立競技場での思い出」に関する過去記事で、エールを送った元「鹿島戦士」の「大迫」選手の覚醒ぶりも、なんとも嬉しいニュースでした。

 

 

 

 

「降ったり、止んだり」と、雨の季節の空模様はとにかく大忙し。頻繁に訪れる幾つかの湖岸沿いの公園の其処彼処では、空模様に合わせて目まぐるしく表情を変えるこの季節の植物たちから、なかなか目が離せません。列島各地ではまだまだ「雨の季節」が続きますが、これが災害を助長するような雨ではなく、あくまで夏場の水不足の不安を解消したり、植物たちにとっての恩恵に相当するような、「恵みの雨」であって欲しいと切に願うばかりです。

 

さてそんな雨の季節のお供に相応しいアルバムのご紹介です。
「Pat Metheny」(パット・メセニー)は、1954年米国・ミズーリ州カンザス・シティ生まれの、1970~80年代の「FUSION」が全盛期の時代から息の長い活躍を続けるヴェテラン・ジャズ・ギタリスト。僕ら50代以上の音楽好きなら、誰でも一度は聴いたことのある、グラミーの受賞暦を含め、言わずと知れた、超一流のギタリストのひとりです。

7年前の2011年こんな雨の季節の6月にリリースされた、彼としてはキャリア初の「アコースティック・ギター」による全曲「カヴァー・アルバム」となった『What’s It All About』というアルバムが、それです。アコースティックだけでなく「ソロ・ギター」という点と、サイモン&ガーファンクル、バート・バカラック、カーペンターズ、ベンチャーズ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ビートルズといった著名なアーティストらによる、誰でも知っているいわゆる「ポピュラー・ソング」と言って問題ない、ある意味「スタンダード」な作品の数々を、なるべく原曲に忠実に彼ならではの解釈と演奏で成立させた、後世に「名盤」として継承されていくアルバムとなったのではないかと思います。(TOWER RECORDS のライターの方による、とても的を得たアルバム・レヴューがありますので、ぜひご参照ください)

過去記事でももちろん取り上げたことのある、「カーペンターズ」の出世作でもある『Rainy Days And Mondays』(邦題:「雨の日と月曜日は」)、「フィラデルフィア・ソウル」(フィリー・ソウル)のヴェテラン・グループ「スタイリスティックス」の出世作のひとつであり、今なお多くのR&Bアーティストがカヴァーし続ける名作『Betcha By Golly, Wow』、そして「ビートルズ」の不朽の名作『And I Love Her』を、メドレーでどうぞ。

 


Track-1 / “Rainy Days And Mondays”
Track-2 / “Betcha By Golly, Wow”
Track-3 / “And I Love Her”
Pat Metheny – album: “What’s It All About” (2011)
 

いずれの名曲も、こんな雨の季節に聴くと、心に沁みこんでくるような「メロウなギターの音色と響き」に癒されずにいられましょうか。
避難されていらっしゃる方なども、ぜひスマホで楽曲を再生してみてください。穏やかな空気が、あなたの周囲にすこしだけ流れてくるかもしれません。

 

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.115 【Tommy LiPuma – R.I.P.】

米国のJazz/Fusionのカテゴリーで一時代を築いた大物プロデューサーの「トミー・リピューマ(Tommy LiPuma)」が、二週間前にN.Y.で亡くなった。80歳だったそうだ。


タイミングが悪く記事はUPしなかったけれど、彼の訃報の少し前の2/23には、SOUL/R&Bの世界ではやはり大物シンガーでありプロデューサーでもある、リオン・ウェア(Leon Ware)の訃報が伝えられていた。こちらは享年77歳だった。二人とも活躍のカテゴリーの違いはあれど、実に残念な知らせにがっくり来ているのが正直なところ。リオンについては、また別の機会に記事をUPしようかと思う。
 

今回は、僕が若い頃からとても大きな影響を受けたアーティストたちのレコードの裏ジャケに、かなりの確率でその人の名前が「PRODUCER」としてクレジットされていることが多かった、トミー・リピューマについて、膨大な量の彼の仕事の一部を、少しだけ振り返ってみたいと思う。

Tommy LiPuma (July 5, 1936 – March 13, 2017) was an American music producer. He received 33 Grammy nominations, 5 Grammy wins, and sold more than 75 million albums. LiPuma worked with many musicians, including Barbra Streisand, Miles Davis, George Benson, Phil Upchurch, Al Jarreau, Anita Baker, Natalie Cole, Claudine Longet, Dave Mason, the Yellowjackets, Michael Franks, Diana Krall, Paul McCartney, Ben Sidran, The Crusaders, Joe Sample, Randy Crawford and Dr. John.
[出典] Wikipedia

ウィキペディアの日本語版ではあまりに雑で貧弱かつ少し古い情報だったので、英語版による彼のBIOが上のような感じだ。今年に入ってグラミー賞の受賞式の最中に訃報が伝えられ、当ブログでも追悼記事をUPした愛すべきアル・ジャロウの名も確認できる。いずれにせよ、これだけの大物アーティストたちのサクセス・ストーリーの影には、常にそこへ導くだけのアルバムの製作総責任者である「プロデューサー」の存在が欠かせない。思うに、1970年代~1990年代中期頃における米国の音楽界での「プロデューサー」の役割・権限・責任は甚大であり、それが世界的なレコード(CD)セールスに繋がれば、尚更に大きな影響を及ぼすほどの「最重要」のポストであったことは、現代のそれとは比ではなかったように記憶している。極端な例で言えば、“King of Pop”「マイケル・ジャクソンの誰でも知ってるアルバム「スリラー」や「オフ・ザ・ウォール」の地球規模ともいえるサクセス・ストリーは、超大物プロデューサーであるクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)の存在を抜きにしては語れないし、また70年代の「カーペンターズ」の黄金期を彩った、僕も古くから敬愛するバート・バカラックの存在なども忘れてはいけない。

音楽のカテゴリーはともかく、トミー氏や御大「クインシー・ジョーンズ」だけでなく「アリフ・マーディン」「フィル・ラモーン」、エンジニア出身で有名な「アル・シュミット」そして少し遅れてデイヴィッド・フォスターなども、大きな影響力を持つプロデューサーとして広く認知されていたことは、僕と同じ時代を生きてきたブログ・リーダーの方々であれば、「そうそう」と頷いてくれていると思う。

この時代のプロデューサーというのは、自身がミュージシャン出身であっても自分で楽器を担当したりすることなく、とにかく「アルバム製作」における、起用するミュージシャンの手配であるとか、レコード会社との予算編成やプロモーション等々、とにかく「良い作品」を作る為に可能な限り出来ることを全てやるという、いわゆる一流の職人同士を橋渡しする「コーディネーター」としての役割が顕著だったような気がしてならない。古今東西「プロデューサー業」に携わるのは男性が多数ということもあるので、かなりの「男気」と、売り手(レコード会社)と買い手(リスナー)のニーズを嗅ぎ分ける「抜群の嗅覚とバランス感覚」、この時代の「プロデュサー」と呼ばれる職人たちには、そんな能力が今以上に必要とされていたのではないかと思う。

お待ちかねのニュー・アルバムが米国や欧州から空輸されやっと通関が済み、日課のように通った都内のレコード・ショップの店頭に並んだ際、レコードの裏ジャケットにお馴染みのこの人たちの名前とお抱えの超一流スタジオ・ミュージシャンのラインアップを確認しただけで、胸が躍りワクワクしたものだった。TOWER RECORDS」「CISCO」「disk unionの店頭で敢えて『試聴させてください』とお願いすることなしに、かなりの確率でそのアルバムの内容は想像でき、脳内ではそれらしきサウンドが鳴り始めるほどで、またそれだけ彼ら「プロデューサー」の名前が、新譜購入時の「担保」になるほどの存在であったことは、間違いのない事実だった。1980年代の話だけれど、いやあほんとにあの時代が懐かしい。

80年代ボズ・スキャッグスはじめAORの分野で花を咲かせ、いまや「HITMAN」などと形容されるデイヴィッド・フォスター、90年頃から台頭してきたR&B界の二大プロデューサーコンビのベイビー・フェイス&L.A.リード」「ジミー・ジャム&テリー・ルイスなど、アーティストでありミュージシャンでもある彼らは楽器も演奏しバック・コーラスにも気軽に参加したり、また自身の作品だけでなく他人の作品のプロデュースにも広く関わっていくようなプロデュース形態が目立ち始め、「プロデューサー」という役割に徐々に変化の兆しが見られるようになってきたのも、おそらくこの時代あたりからだったような気がする。

まあ呆れるほどいろんなプロデューサーの名前が挙がってしまったけれど、「トミー・リピューマ」とはそんなスーパー・プロデューサーの中でも、玄人受けする「昔気質」のプロデューサーだったと思う。そんなトミー氏の数ある名盤と評価されるプロデュース作品群の中から、相当難しいチョイスとなったけれど、2つのアルバムを取り上げてみたい。

死しても「ジャズ界の帝王」に君臨するあの『マイルス・デイヴィス(Miles Davis)』が音楽活動の最終期に差し掛かる時期の1986年に発表した、世界中で優れた評価を手にしたアルバム『TUTU』。反アパルトヘイト運動の活動家であり、1984年にノーベル平和賞を受賞した「ツツ司教」の名をアルバム・タイトルに冠した本作は、晩年のマイルスのアルバム製作だけでなくライブでの演奏にも常に帯同し、その才能を高く評価された今やスーパー・ベーシストでありスーパー・プロデューサーの名を欲しいままにするマーカス・ミラー(Marcus Miller)」とトミー氏との共同プロデュースとなっている。
マーカスが創り上げた前人未到の重厚な楽曲の数々を、帝王マイルスが自由自在に吹くミュートの効いたトランペットで色を与え、「Soloist (ソリスト) 」の一人として参加しているような、そんな印象が強いアルバムだ。おそらくトミー氏の数あるプロデュース作品の中でも、屈指の傑出した作品となって後世も評価されていくことだろう。帝王マイルスが天に召される生前に、この曲の演奏をライブで体験できたことは、もはや僕の生涯の宝物なのは言うまでもない。

 

Miles Davis – Tutu (album: TUTU – 1986)
 


Miles Davis – “Tutu” Medley (Directed by Spike Lee – 1997)
 

 

そして、もうひとつチョイスしたのは、このブログでも何度も取り上げている英国出身の、僕の中ではこの人たちを越える男女Duoはもう出現しないであろうと思うくらい大好きな、エヴリシング・バット・ザ・ガール(Everything But the Girl: EBTG)が米国進出を賭けてプロデュースをトミー氏に託したアルバム『The Language of Life』が、それだ。
 
1990年にリリースされた、「EBTG」にとって5作目となる本作はデビューアルバムの「EDEN」と並ぶ最高傑作との評価も高く、彼らとしては初の米国でのレコーディングが、トミー氏からの直接のアプローチにより実現したというのは有名な話。トミー氏から「どのミュージシャンを呼びたい?」と尋ねられた彼のコンタクト・リストには、いつでも駆けつけてくれる超一流ミュージシャンの名前がずらっと列記してあったとか。LAのスタジオでのレコーディングにはこれまでトミー氏が懇意にしてきた超一流のミュージシャンがずらりと勢揃いしたこと、既に他界したJAZZ界のレジェンドでもあるサックス奏者のスタン・ゲッツ」「マイケル・ブレッカーら当時考えられる超一流のスタジオ・ミュージシャンらによって繰り広げられたレコーディングは、当時のマスタリング技術面も含め贅沢を極めた作品として、楽曲やアレンジの完成度とともに、当時大変な驚きをもって世界中に知れ渡ったものだった。
 

 

 


Paul McCartney – ‘Kisses On The Bottom’ making story – 2012

そういえば、晩年になって、あの「ポール・マッカートニー」に遂にJAZZ Vocalアルバム『Kisses On The Bottom』までリリースさせてしまったことは、トミー氏ならではの手腕としかいいようがないかも。

 

天才プロデューサーの名を欲しいままにしていた「トミー・リピューマ」の遺作に触れるには、あまりに時間とスペースに限りがあるので、またいつか記事をUPできればと思いながら、彼の偉大な功績を讃えると共に、安らかなご冥福をお祈りしたい。

R.I.P. Tommy…

 

 

AC Tunes ~ Vol.43 【Rumer】

年末年始とほとんど休みなく忙しくしているうちに、あっという間に暦でいうところの「大寒」に突入し、気がつけばここ数年「賀状」に代えて送らせていただいている「寒中見舞い」も出せずじまいでした。賀状を頂戴した皆様、大変ご無礼いたしまして申し訳ありませんでした。また、いつもご訪問くださるブログ・リーダーの皆様も、本年もよろしくお付き合いください。

さて、彼の地のきな臭い政治の話題で熱くなるのはもう止めにして、また本来の音楽主体の内容に戻しましょう。
本当に多くの愛する音楽家たちが逝ってしまった暗く悲しい2016年の最後の最後で、敬愛する「ジョージ・マイケル」の予期せぬ訃報でかなりのダメージを受けてしまい、しばらく謹慎でもしようかと考えていたのですが、僕はやらない「facebook」で「がんばれ、がんばれ」と言わんばかりの「いいね」で後押ししてくださる方々がそれはもう沢山いらして、なんとか期待に応えねばとようやく復帰した次第であります。

しばらくほったらかしだった“AC Tunes”のシリーズですが、『大人が聴いてリラックスできる音楽』いわゆる『Adult Contemporary Music』のご紹介記事も、今年はまたすこしずつUPしていこうかと思っています。年末にこじらせた風邪や世界中からの Bad News などで、心身ともに疲弊していた自分を癒してくれたのは、こんな愛しく懐かしい70年代のPOPSを思い起こさせてくれるアーティストでした。

今回ご紹介する『Rumer』(ルーマー)は、父親の事業の関係でパキスタンで生まれた、英国人アーティストです。2010年に英国で30歳を過ぎた遅咲きのデビューで、70年代を席巻したカーペンターズの「カレン・カーペンター」「キャロル・キング」のまるで生まれ変わりと評され、世界中でそのヴォーカルを絶賛されているシンガー・ソングライターの一人です。
昨年暮れに近い頃に、彼女自身としては4作目となる、御大バート・バカラック「ハル・デイヴィッド」の手による作品のカヴァー・アルバムをリリースしたというNEWSがあり、それがきっかけで改めて過去の作品をしみじみと聴き入ってしまいました。

 
今回取り上げるのは2014年にリリースされた3作目のアルバム「Into Colour」からの2曲です。
レコード会社のプロフィールからも分かるように、本当に苦労してやっと掴んだシンデレラ・ストーリーのような彼女の人生だけに、オーディエンスの琴線に触れる素晴らしいヴォーカルを聴かせてくれます。
アルバム「Into Colour」は、彼女の才能と歌声に魅せられ、プロデューサーから後に伴侶となるバート・バカラックの側近「ロブ・シラクバリ」と米国に渡って共に作り上げたアルバムとなっています。
スロウ・ミディアムなバラッド『Better Place』は、きっと新天地を求めて移住した当時の心象を歌にしたのかもしれません。
そして次の『Butterfly』という作品は、そんな二人の間に灯った小さな命の灯火が消えてしまった悲しい思いを、「蝶」(バタフライ)の姿に託して、作品を書き上げたというエピソードがあるそうです。
まるで、擦りむいたヒザ小僧がすこしずつ治りかけていくような「優しさ」を持った、きわめて繊細でイノセントな美しいバラッドです。もう、涙なしには聴けません。疲れた大人たちへの処方箋です。
 

 

一度では紹介しきれないので、彼女の作品については、また改めて取り上げようと思っています。また、最新アルバムのメイキング映像が彼女のYouTubeのオフィシャルにUPされていますので、ご興味を持たれた方はどうぞこちらへ。

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.108 【Leon Russell – R.I.P.】

「もう今年はこれくらいにしておいて‥」と内心恐れていた、偉大なアーティストのまたの訃報が世界を駆け巡った。
50代以上の読者の方であれば、誰でも一度は耳にしたことのある作品の数々を発表してきた伝説的な音楽家であるあの レオン・ラッセル(Leon Russell)が、11/13米国ナッシュヴィルに於いて74歳で天に召された。これまた「プリンス」逝去の際と同じくして、通勤中にいつも聴いているJ-WAVEの朝の番組の中で、ジョン・カビラ氏が痛切の想いでその訃報を伝えていた。一週間ほど悩んだ末に、僕にとっては影響を受けた大切な存在の「ソング・ライター」なので、記事として残しておくことに決めた次第。

leon-russellレオン・ラッセルといえば、「Musicians’ Musician」というフレーズがあるけれど、まさしくこの人のためにあるような表現なのではないだろうか。ロックの世界においてはエリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、エルトン・ジョン、ノーベル賞で話題のボブ・ディラン、そしてソウル界ではレイ・チャールズ等々、存命であるかないかは別として、それはそれは今ではそれぞれがレジェンドといわれる多くの偉大なミュージシャンたちに、多大な影響を与えてきたアーティストであることは、敢えて説明の必要がないほどだ。

とはいえ、この人のあくまでも「作曲家」「ソング・ライター」としての存在は、僕自身にとっては特別なものがある。こんなブログをこの歳になってやってるくらいだから、憧れとか熱い想い入れから洋楽の世界へと導いた張本人といっても差し支えがないくらいだ。過去記事で何度も書いてきたけれども、僕の洋楽への傾倒のきっかけとなったルーツは、小学3・4年で聴き始めた カーペンターズ(The Carpenters) だった。カーペンターズを聴くまでは、近所に住むいとこの一番上の兄ちゃんが聴いていた「ビートルズ」の奏でるサウンドを除いて、それまでTVやラジオで歌謡曲とかを聴いて1ミリでも心が動くことは一切なかった。10歳になるかならないかで「運命」の如く出逢った、兄リチャード・カーペンターが才能の限りを尽くしたアレンジを施し、妹のカレン・カーペンターが低音の美しい声で切々と歌い上げる三つのバラッドに、外国語の歌詞の意味など分かるわけもないというのに、それまで聴いたこともないような美しいメロディーに心が大きく振り子のように揺さぶられ、初めて「歌」を聴いて涙が止まらなかったのを、あれからもう40年以上も経つというのに、昨日のことのように思い出すことができる。

 

the-carpenters

 

もちろん他にも沢山あるのだけれど、ここで言うカーペンターズによるその三つのバラッドとは、ロック・ギタリストへの恋心を募らせるグルーピーの切ない心情を歌った『Superstar(スーパースター)』、ジョージ・ベンソンのカヴァーでもよく知られる『This Masquerade(マスカレード)』、そしてシンガーである歌い手の気持ちを実直に描写したリリック(詞)が感動的な『A Song For You(ア・ソング・フォー・ユー)』に他ならない。いずれもレオン・ラッセルのペンによる、誰もが知るとびきり美しい楽曲だ。

 


Superstar”

 


This Masquerade”

 

「A Song For You」に関しては、いったいどれだけの世界中のプロのアーティストがカヴァーをリリースしているか見当がつかないほど、ヴォーカリストであれば誰しも一度はチャレンジしてみたい作品として、これからも永遠に歌い継がれていく名曲に相違ない。

 

“A Song For You”

 

カーペンターズと密接な関係にあった偉大な音楽家のバート・バカラックと同様に、これだけの繊細で美しく構成されたポピュラーミュージックを産み出せる天才はそうそう現れるものではないと思う。本当に残念ではあるけれど、先般他界されたロッド・テンパートンもそうであるように、作品は必ず残りそして継承されてゆくもの。
僕自身にとっては「洋楽」の世界へ導いてくれた、さながら伝道師ような存在のレオン・ラッセルとすでに他界したカレンに、最大限の感謝と哀悼の意を表したいと思う。レオンのピアノの伴奏にカレンの歌が聴こえてきそう…
Rest In Peace..

 

  “A Song For You” by Leon Russell

 

 

Masterの今これが聴きたい ~ Vol.23【Michael Masser】

長かったのか短かったのか、例年に習い関東甲信越地方の「梅雨明け」の発表が、本日お昼前頃に気象庁よりありました。梅雨が終われば今度は長く暑い夏の到来。大人になってからというもの、もっとも苦手な季節が今年もやってきました。日本の夏らしい「風景」や「風情」は決して嫌いではないのですが、好きな方には恐縮ですが、心底蒸し暑い季節そのものが大嫌いなのです。
よって、更新も涼しくなるまではこれまで以上にスロウ・ダウンするのも毎年のことですので、どうかお許しください。涼しくなったらガンバリマス。

michael masser

Michael Masser

さて、久しぶりの「Masterの今これが聴きたい~」のコーナーですが、今回はつい先日米国より訃報が届いたばかりの、米国のポピュラー音楽界きっての偉大な作曲家でありプロデューサーでもある Michael Masser(マイケル・マッサー)の作品を取り上げたいと思います。74歳で他界された彼は、僕の個人的な印象としてですが、彼より一世代上の Burt Bacharach(バート・バカラック)そして彼より一世代下の David Foster(デイヴィッド・フォスター)という、米国のポピュラー音楽界を永きに渡ってリードしてきた偉大な二人の音楽家に挟まれた世代の音楽家といった立ち位置にいたような気がしています。『ソング・ライター』としての角度から見たこの三人の偉大な作曲家に共通するのは、そうですスケールの大きな『バラッド』(バラードではなく敢えて「バラッド」と表現いたします)の楽曲が多いという点に尽きます。
バカラック氏とフォスター氏については過去にも記事をUPしてますので、興味のある方はそちらもご覧ください。)

Gerry Goffin

Gerry Goffin

マッサー氏が作曲とプロデュースを手掛けた作品の多くは1970~80年代に集中しており、とりわけかつてキャロル・キングの夫としても知られている盟友の『Gerry Goffin(ジェリー・ゴフィン)』に作詞を委ねた楽曲にヒット作品が多く見られます。昨年6月にゴフィン氏が75歳で亡くなったそのちょうど一年後に、マッサー氏が逝ってしまったという事実を見聞きするだけでも、なんだかこの二人の偉大なソング・ライティング・コンビの強いスピリチュアルな結びつきを感じざるを得ません。

数あるこの二人のコンビによる作品群の中から、今回は年代順にこちらの三作品をご紹介。どれも当時は世界中で大変なヒットとなりましたね。曲調といい、ストリングスの使い方といい、そしてクライマックスへのもって行き方といい、似ているようではありますが、これほど壮大でスケール感のあるバラッド群はマッサー&ゴフィンにしか創出できない芸当だったのかもしれません。お二人のご冥福をお祈りします。

 

まずはこちら、友人・知人の結婚披露宴で何度聴いたことでしょう。なかなかこれほどの愛の賛歌は、この作品以降まだ出現してきていないくらいの壮大なスケールです。


Peabo Bryson & Roberta Flack / “Tonight I Celebrate My Love
(album: Born to Love – 1983)

 

そしてこちらは「クチパク」ではありますが、あくまで「Vocalist」に徹底した風情のベンソン氏の熱唱。天才的ジャズ・ギタリストなのにギターを持たない彼の映像は、非常にレアと言えます。


George Benson / “Nothing’s gonna change my love for you”
(album: 20/20 – 1984)

 

最後は以前にも一度過去記事で取り上げたこともある、カヴァー作品ではありますが今は亡きホイットニーの偉大な遺作を。
彼女のご冥福も併せてお祈りいたします。


Whitney Houston / “Saving All My Love For You”
(album: Whitney Houston – 1985)

 

 

 

“What You Won’t Do For Love” ~ Vol.1【Bobby Caldwell】

以前からずっと考えていたことなんですが、これまで自分が聴いてきたそれは沢山の音楽作品の中で、もはやスタンダードになりつつあるほどに多くのアーティストによってカヴァーされきた特定の作品(楽曲)について、そのカヴァーを検証と言うと小難しいので、まあ単純にその違いを楽しむシリーズを、ゆるゆるとスタートしてみようかと思います。当ブログ内の過去記事のMellow Tunes ~ Vol.12【比較論】で取り上げたバート・バカラックの名曲『The Look Of Love』だとか、2013年~2014年にかけてのMellow なクリスマス・ソングで多くのカヴァー作品を取り上げた『Have Yourself a Merry Little Christmas』などと近い内容の特集になろうかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

 

Bobbyそれで初回の作品ですが、『What You Won’t Do For Love』という曲については、当ブログへ訪問していただいている読者の方々にとっては敢えてここで説明することもないでしょう。
そうです、僕と同世代の50代前後の洋楽好きの方なら皆さんご存知の、Boz Scaggs (ボズ・スキャッグス)らと並び、1970-80年代に吹き荒れたAOR(Adult Oriented Rock)を代表するシンガー・ソング・ライターの Bobby Caldwell (ボビー・コールドウェル)が1978年にリリースした彼の名前が冠されたデビュー・アルバム(その後「イヴニング・スキャンダル」だとか、CD化された際に「What You Won’t Do For Love」と改名)に収められた、世に出てからなんと37年が経過するもはやスタンダードと言って申し分のない、アメリカのPOPS/ROCKの歴史に残る名曲と言えるでしょう。邦題はなぜか当時の世相を反映してか「風のシルエット」となっており、爽やかな印象の軽めの大人向けのロックが売れていた時代の名残といえましょうか。

bobbycaldwellcatinthehatほぼすべての楽器とコーラスまで一人でこなしてしまう、ある意味「完璧主義」なボビーのサウンドとヴォーカル・スタイルはあまりに黒人的であり、当時のレコード会社の戦略もあって、デビュー当初は「SOULやR&B系のブラック・ミュージック界に凄い新人がデビュー」という噂が、彼の当時の活動本拠地であったマイアミから全米中に広まっていったというエピソードは、もはや有名な「伝説」となっています。レコードが売れ出した後に、ボビーが白人であるのを知った多くの黒人ミュージシャンが彼のサウンドと声に「嫉妬した」と伝えられているのも、その後多くの著名な黒人アーティストがこの作品をこぞってカヴァーしていることが、その事実を証明しています。
聴いたことがある方もそうでない方も、さあまずはオリジナル作品を聴いてみてください。素晴らしい作品は本当に色褪せることがないといった見本です。もちろんアルバム全体としても大変にクオリティの高い作品です。

 


Bobby Caldwell / “What You Won’t Do For Love”
(album: Bobby Caldwell – 1978)

 

Caldwell07そんな背景から、リリースから40年近く経った今聴いてもまったく古臭さなど微塵も感じることのないこの輝かしい楽曲は、POPS/ROCK/R&B/HIP-HOP/JAZZ/LATIN/BOSSA等々それは地球上に存在するあらゆる音楽のカテゴリーのアレンジで、今現在もカヴァーされ続けているのです。
現在のボビーはというと、ビッグ・バンドをバックにJAZZのスタンダードを歌うシンガーとしての活動を主としており、初期のサウンドを愛するリスナーの想いとは裏腹に、かつての作風でアルバムを製作する意思はないように思えます。ちょっと残念ですが。

さて、単一の楽曲のカヴァーを集中的に紹介するシリーズなので、オリジナル作品に関する前置きが長くなりましたが、次回以降は YouTube 上に散らばっている、それはそれは沢山の素晴らしいカヴァーをUPしていきますのでどうぞお楽しみに。

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