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Mellow Tunes ~ Vol.177【Quincy Jones & etc. 】

「お暑うございます」。
そしていつもご訪問ありがとうございます。台風が去ってからも、また猛暑が繰り返されておりますが、今年の夏は異例な気候に間違いないようですので、どうか皆々様も水分補給と休息は忘れずに、毎日をお過ごしください。

 

 

さて8月に入って最初の更新となりますが、個人的に毎週放送を楽しみしております、音楽プロデューサーの松尾潔さんが贈る大人のためのラジオ・プログラム『松尾潔のメロウな夜』の番組の中でもレポートしていただいた、現代における偉大な音楽家である『Quincy Jones』生誕85歳記念コンサートに関するトピックを取り上げてみようと思います。

 

 

「SNS」が苦手なことから僕自身はアカウントさえ持っていないのですが、フットボールの世界の祭典「World Cup ロシア大会」も佳境を迎えようとしていた6月下旬に、松尾さんのTwitterにアクセスしてみると、なんと英国はロンドンに来ているというではないですか。

『あれから10年。Qの85歳バースデイコンサートがO2アリーナで催されると鷺巣さんから聞いたぼくは、久保田利伸さんを誘ってふたりロンドンに向かい、パリ在住の鷺巣さんご夫妻とは現地で合流した。夢のような3時間だった。』と文面にあり、しかも会場でのお三方の3ショットまでUPされていました。

 

松尾氏Twitterより

 

なんでも6/27に実施されたこの歴史的なコンサートは、2年ほど前に逝去したクインシーの「右腕」といっていい存在であった英国出身の「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)へのトリビュートがメインであり、クインシーとロッドでの最強コンビで創り上げた、今は故人となった「マイケル・ジャクソン」の作品も多く演奏されたというではないですか。しかも会場となった「O2アリーナ」はマイケルが復活を賭けて長期公演がスタートする予定だった場所。(2009年3月5日、マイケル・ジャクソンはロンドンのO2アリーナにて、同地でのコンサート公演『THIS IS IT』を行うことを表明。同年7月13日から2010年3月6日までに全50公演の開催が予定されていたが、直前の6月25日にマイケルが急死。- 出典: Wikipedia )

「稀代の天才ソング・ライター」である「ロッド・テンパートン」に関しては、当ブログでも彼の生前に一度特集記事をUPしたこともあり、松尾さんのTwitterでこの情報を知った途端に、どうにもこうにも落ち着きがなくなってしまう自分がいました。間髪入れることなく、すぐに松尾さんの番組HPへ、英国在住のアーティストが主ではあったようですが、多くのミュージシャン・アーティストが集結した、それはそれは大変貴重なクインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を、ぜひともレポートしてくださいとのメールをしたためました。
(恥ずかしながら、今週7/30の放送直後、番組HPコラム「メロウな徒然草」でも公開済み)

 

松尾さんがレポートしてくださった、クインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を収録した「メロウな夜」放送当日の内容は、毎週放送内容を「書き起し」していらっしゃる『みやーんさん』のサイト『miyearn ZZ Labo』にて、ゆっくり腰を落ち着けて文字で読むことが可能です。「Radiko Time Free」が未対応な「メロウな夜」ファンの皆様にとっては、再放送まで聴き逃した際などにはとても貴重な情報源となりますので、ぜひともご訪問・ご一読をお薦めいたします。

尚、松尾さんのTwitterからの貴重なおまけ情報で、興味のある方は期間限定でこのコンサート内容を聴くことができます。(以下抜粋)
『先月27日、鷺巣詩郎さんと久保田利伸さんと観てきたクインシー・ジョーンズ85歳バースデイコンサート@ロンドンO2アリーナの模様が、1ヶ月限定でBBCラジオ2で聴けるようになりました。すべての音楽業界人は聴くべし!番組進行役はトレヴァー・ネルソン。』

 
そんなわけで、松尾さんはもちろんのこと、遠くパリから松尾さんを誘ってくれた偉大な音楽家「鷺巣詩郎」さん、「すぐにロンドンに行かなきゃダメだよ」と同行した「久保田利伸」さんはじめ、それを陰ながらサポートする「メロ夜STAFF」「みやーんさん」等々皆様方のおかげで、この貴重な「クインシーの85歳聖誕祭」に、遅ればせながらも、ステージから最も遠い末席とはいえ、今回の貴重なライブに参加させていただいたような気分になりました。まさにIT時代の恩恵と言えましょう。技術の進歩にも、ひたすら感謝ですね。

それでは、新旧含めあらゆるカテゴリーから多くのアーティスト・ミュージシャンが集結したコンサートの中から、JAZZのスタンダードとなって久しい「サラ・ヴォーン」の代表曲『Misty』(オーケストラ指揮&アレンジ:クインシ―・ジョーンズ-1958年パリ録音)を、米国はテネシー州メンフィス出身の女性シンガー「Dee Dee Bridgewater」(ディー・ディー・ブリッジウォーター)
による素晴らしいカヴァーを、まずひとつ。
(観客の方による撮影のようですが、視聴できる今のうちにどうぞ)
 


DEE DEE BRIDGEWATER & QUINCY JONES ORCHESTRA – “MISTY”
Quincy Jones’ 85th birthday celebration concert

 

そして、トリビュートの対象となった「ロッド・テンパートン」が、クインシーに見出される以前に在籍し、英国で結成された多国籍人種による「Multinational Funk-Disco Band」であった『HEATWAVE』時代に遺した伝説のスロウなバラッド作品『Always and Forever』(1977年発売)を、今年の7月で没後13年が経過した偉大なSOUL/R&Bシンガー『LutherVandross』(ルーサー・ヴァンドロス)が遺してくれた、生前1994年英国ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールにて収録されたカヴァーで締めくくりたいと思います。

 


LutherVandross – “Always and Forever”
(from Always and Forever: An Evening of Songs at The Royal Albert Hall in 1994)

 

Rest In Peace

 

*「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)に関心を持たれた方、よろしければ関連記事含め、過去記事もご覧ください。

 

Mellow Tunes ~ Vol.209【James Ingram ~ R.I.P.】

足早に過ぎていく一月が終わろうとしている中で、遠い海の向こうから、大好きだったアーティストの一人『James Ingram』(ジェイムズ・イングラム)が旅立ったとの訃報が届いた。

 

 

まだ高校生だった頃の1981年、敬愛する『Quincy Jones』の名盤『The Dude』の中で出逢った時の衝撃は、今でも忘れられない。2016年に時を同じくして他界した「Toots Thielemans」 (トゥーツ・シールマンス) 「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)をはじめ、一時代を築き上げた「クインシー・ファミリー」の重要なメンバの一人がまた欠けてしまった。本当に残念でならない。

 


James Ingram ~ Tribute

 


James Ingram & Tamia “How Do You Keep The Music Playing”

 

Rest In Peace….

 

追記: 当サイトでいつも応援しております、音楽プロデューサー「松尾潔」さんのFMラジオ・プログラム「松尾潔のメロウな夜」(2/11放送)において、僕自身も含めた日本全国の「ジェイムズ・イングラム」を愛する熱心なリスナーやファンの熱い想いに応え、『ジェイムズ・イングラム追悼特集』をON-AIRしてくださいました。1991年に初来日したジェイムズ・イングラムの単独公演の全演奏曲目を再現するといった内容ですが、僕らと同じ時代を生きた「R50世代」の方々にとっては、もう必聴ものです。また一方で、放送後のコラム「メロウな徒然草」に寄せた、御大「クインシー」とその周辺のアーティストたちの関連性であるとか、とにかく松尾さんならではの視点からの解説は、これまた必読ものです。
再放送の予定は下記の通り。まだ聴かれていない方はぜひ。
再放送 FM [ 2/18 月曜 AM10:00-10:50 ]
再放送 AMラジオ第1 [ 2/18 月曜 16:05-16:55 ]
 |
※「2月18日、3月4日のラジオ第1の再放送は休止します。」とのことでした。
ゴメンナサイ m(__)m

 

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.205【Friday Night Plans】

新年明けましておめでとうございます。
いつもご訪問ありがとうございます。今年も一年、どうぞよろしくお願いいたします。

賀状を毎年くださる旧来からの知人の皆さま、毎年ご丁寧にありがとうございます。実店舗をCLOSE後は、年末年始が多忙な組織に属していることもあり、誠に恐縮ではございますが、ここ数年は知人の皆様への賀状でのご挨拶は遠慮させていただいております。この場をお借りして、年末・年頭のご挨拶と代えさせていただいておりますので、どうぞご了承くださいませ。

 

 

さて、なんだか今年の「R&B」シーンは、従来「Black Music」(黒人音楽)のルーツとなっていた、アーティスト自身のオリジン(出自)を「アフリカ」に持たない人たちによる、ジャンル(カテゴリー)の形成がこれまで以上に進化していくような、そんな兆候を強く感じます。この件については、昨年末の『松尾潔のメロウな夜』の番組の中で松尾さんが「鋭い指摘」をされていました。

事実、本家の米国では、英国出身の『Ella Mai』(エラ・メイ)や新たに『H.E.R.』のアーティスト・ネームでシーン躍り出た「Gabi Wilson」(ギャビー・ウィルソン)、そして極めつけは今や超BIGな存在となった『Bruno Mars』(ブルーノ・マーズ)など、直接的な出自をアフリカに持たないアーティストが増えてきました。世代交代が進めば当然といえばその通りなのですが、かつて「SOUL」と呼ばれたカテゴリーの呼称が「R&B」と呼ばれるようになって久しいですが、いよいよこのカテゴリーもアーティストの「多国籍化」が本格的に進んできているようです。
かねてより申し上げていますが、正直なところ僕は体質が合わないので、極端に「HIP-HOP」然としたアーティストやその作品群を好んで聴くことはほとんどありません。敢えてここで詳しくは言及しませんが、聴かない理由は、かつて「Quincy Jones」や「Jam & Lewis」といった「Black Music」の一時代を築き上げたプロデューサーたちが「HIP-HOP」に対して抱いていた感覚と同様のものです。とはいえ、現代(いま)の音楽を目の前にした際、ある程度「HIP-HOP」の要素が入っているのは時代の潮流であり、メロディアスあるいはメロディックに処理された楽曲の中には、好意的に受け取ることができるアーティストや作品が、明らかに増えてきているのは間違いないようです。

さて前置きが長くなりましたが、2019年最初の「Mellow Tunes」の今回は、昨年末に駆け込みでご紹介した、『Friday Night Plans』を改めて取り上げます。
僕が彼女の存在を知ったのは、「松尾潔」さんのTwitterで紹介されていた「Plastic Love(プラスティック・ラブ)」のカヴァーがきっかけだと、以前の記事でお伝えした通り。また、数日前の晦日に放送された「山下達郎」さんのFM番組「サンデー・ソング・ブック」の中で、年末恒例のゲスト出演中の奥方「竹内まりや」さんと共に、「Plastic Love(プラスティック・ラブ)」の話題に触れ、優れたカヴァーの2作品を紹介するとして、今月下旬より配信される予定の『tofubeats』によるカヴァーと共に、『Friday Night Plans』によるカヴァーもOn-Airされました。特に『Friday Night Plans』のカヴァーに関しては、「まりや」さん本人が「すごく素敵な声」と絶賛されていました。

『Friday Night Plans』は、東京都出身、今年で23才になるアーティスト。日本人の父とフィリピン人でシンガーの母を両親に持つ、そんな彼女が昨年6月にLA滞在中、現地で制作された作品(全4曲)を収録したEP『LOCATION – Los Angeles』から2曲ほどご紹介。
UPなものもBalladもどちらも素晴らしい出来で、彼女の才能の片鱗を否応なく感じ取ることができるでしょう。今後も要注目ですね。

 


Meet Us In The Park We Used To Play.
(EP: “LOCATION – Los Angeles” – 2018)

 


Fall In Love With You In Every 4AM.
(EP: “LOCATION – Los Angeles” – 2018)

 

先の話題に戻るようですが、『H.E.R.』こと「Gabi Wilson」(ギャビー・ウィルソン)、『Bruno Mars』(ブルーノ・マーズ)、そして『Friday Night Plans』と、これらの三人に共通するのが、母親がフィリピンの方であるという事実なんですね。これは単なる偶然ではなく、きっと必然であって、母国語と同様に英語を話す環境が、「世界」というステージ(舞台)を視野に入れたとき、我々日本人とはその差が、大きなアドヴァンテージとなって出てくるのではないかと、そんなことを強く意識した昨今の「R&B」シーンです。

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.161【Brian Culbertson ft. Howard Hewett】】

いつもご訪問ありがとうございます。
数日間暖かい日が続いたら、また冬へ逆戻り。文字通りの「三寒四温」を繰り返し、春を迎えるのは例年の習いですね。毎年この時期に感じることではありますが、地球と自然界のリズムとは、まるで機械仕掛けのように正確なのでは、ということです。
近隣の公園では、梅はもう八分咲きで、気の早い「河津桜」に至ってはもう満開です。自然の営みには、いつもびっくりさせられます。

 

 

当サイトでは、もう何度取り上げているか分からないほど、Quincy Jones(クインシー・ジョーンズ)という歴史的な大物プロデューサーが、20世紀における「BLACK MUSIC」(R&B/Soul/Funk/Jazz)のみならずポピュラー・ミュージックにも多大な影響を与えたのは、もはや説明は不要ですね。(ご興味のある方はリンクをご参照ください)
そのクインシーが、1989年にリリースした名盤『Back on the Block』に収録され、アルバムのラストを飾る『The Secret Garden (Sweet Seduction Suite)』は、もはや Mellowness の究極のカタチと表現してまったく差し支えのない楽曲として、21世紀の現代でも燦然と光り輝く存在です。
下記の通り、ソング・ライティングはもちろんのこと、ヴォーカル・パフォーマンスを披露するメンバーのラインナップも尋常ではなく、それは当時のファースト・クラスのアーティストの面々が、御大クインシーの下に集い完成させるに至り、20世紀の世に出た「傑作」として今後も永久に語り継がれていくであろう楽曲です。作曲には、永らくクインシーの文字通り「右腕」だった、Rod Temperton の名前も当然の如くクレジットされています。

Personnel:

Songwriters:
Quincy Jones, Rod Temperton, Siedah Garrett and El DeBarge

Barry White – Lead Vocals
Al B. Sure! – Lead Vocals, Background Vocals
Siedah Garrett – Background Vocals
El DeBarge – Lead Vocals, Background Vocals
James Ingram – Lead Vocals
Jerry Hey – Arranger
Steve Lukather – Guitar
Neil Stubenhaus – Bass guitar
John Robinson – Drums
Bruce Swedien – Recording Engineer, Mixing, Kick & Snare Drums
Bill Summers — hindewhu
Greg Phillinganes – Fender Rhodes
Larry Williams – Keyboards, Synth Programming
Rod Temperton – Arranger
Quincy Jones – Arranger

 

いやはや恐ろしいくらいの陣容ですが、この作品のカヴァーに果敢にチャレンジしたのが、このサイトでも何度も取り上げている、スムーズ・ジャズ界きってのメロウなキーボーディストの「Brian Culbertson」です。元 SHALAMAR(シャラマー)のリーダー Howard Hewett(ハワード・ヒューイット)をゲスト・ヴォーカリストに迎え、それはそれはクインシーのオリジナルに負けないくらいの、素晴らしく上質なカヴァーに仕上げました。
ブライアンの1999年にリリースされたアルバム「Somethin’ Bout Love」には、Instrumental のヴァージョンも併せて収録されております。どちらも、大変な力作のカヴァーとなっていますね。

 

Brian Culbertson ft. Howard Hewett – “The Secret Garden”
(album: Somethin’ Bout Love – 1999)
 

 

 

Quincy Jones のオリジナル・ヴァージョンはこちら。


“The Secret Garden” – Quincy Jones, Barry White, James Ingram,
Al B. Sure, El Debarge

(album: Back on the Block – 1989)

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.157【Leon Ware】

北陸地方や北日本に長く停滞した寒気団もようやく緩み、ここ関東地方では今日に限ってですが、さながら3月中旬並みの最高気温まで上昇しました。明日からはまた真冬へ逆戻りということですが、そんなことを例年のように繰り返しながら、やっと春がやってくるんですね。

 

 

さて今回の「Mellow Tunes」ですが、ちょうど一年前の2月23日に世界中のR&B/SOULファンからたいへん惜しまれながらも、77歳でこの世を去った、「Leon Ware」(リオン・ウェア)を取り上げようと思います。
Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)に提供したSoul Classicの名曲『I Want You (1976)』をはじめ、それはもう数え切れないほどの「Mellow Tunes」を生み続け、メロウでロマンティックでそして官能的な楽曲で世界中のリスナーを虜にしてきた「リオン」ですが、当然ながら活動期間が長きに渡る為、ただでも長いのが、長すぎる記事とならぬよう、掻い摘んでご紹介をいたします。

1972年に自身の名を冠した1st.Album「Leon Ware」を United Artists Records から既にリリースしていたリオンは、彼のソング・ライティングの才能があの大御所Quincy Jonesの目に留まり、クインシーのアルバム「Body Heat (1974)」に、自身が書いた『If I Ever Lose This Heaven』がアルバムのラストに収録されるという、大変名誉な出来事がありました。しかも、この楽曲を一緒に歌ったのは、まだブレイク前夜であったミニー・リパートンでありアル・ジャロウでした。「リオン・ウェア」「ミニー・リパートン」「アル・ジャロウ」のトリオによるコラボなんて、三者がすべて「Big Name」となった現代では考えられない出来事であり、曲が書かれた1973年の時点で、彼らの才能を当時既に見極めていた御大「クインシー」の「凄み」とは、もう末恐ろしいというしかありません。
R&B/SOULを語る際、後に「レジェンド」と呼ばれるこの方々は絶対に欠かすことのできない三人ですが、当サイトのご訪問者の皆さんであればよくご存知の通り、残念なことに「ミニー」は1979年に31歳で夭逝、そして「アル・ジャロウ」は昨年2017年の「グラミー」開催中に訃報が伝えられました。そして彼のトリビュート記事を当ブログでUPして間もなく、2月に入り前立腺癌の治療中だった「リオン・ウェア」までが、帰らぬ人となってしまいました。思い起こせば、もうそれは「悲しみの連鎖」という以外ありませんでした。
そんな歴史も踏まえ、今では故人となってしまった三人が、まさに「ブレイク前夜」ともいえる時代のレコーディングで一同に会した、歴史的な作品『If I Ever Lose This Heaven』からお聴きください。

 


“If I Ever Lose This Heaven” – QUINCY JONES
ft. Minnie Riperton, Leon Ware & Al Jerrau
(album: Body Heat – 1974)

 

クインシーに大抜擢された「リオン」のソング・ライティングの才能は目覚しい勢いで開花し、遂には当時のR&Bの「アイコン」であった大物「Marvin Gaye」(マーヴィン・ゲイ)の目に留まり、後に名作の呼び声高いマーヴィンのアルバム『I Want You』で、決定的となりました。元々は「リオン」が「ダイアナ・ロス」の弟の「Arthur “T-Boy” Ross」と共作し、リオン自身の作品として世に出す予定だった『I Want You』を、どうしても自分が歌いたいと主張する大物スターのマーヴィンに譲渡することと引換えに、リオン自身の2作目のオリジナル・アルバム『Musical Massage』のリリース権を「MOTOWN」より得たというのが、マーヴィンの名作『I Want You』誕生に関するエピソードとして、その後によく語られています。
それでは「リオン」によるメロウ・サウンド全開ともいえる『I Want You』をどうぞ。

 


Marvin Gaye – “I Want You”
(album: I Want You – 1976)

 

マーヴィンに泣く泣く譲渡したリオンの作品『I Want You』によって、リオンはいよいよ2作目のオリジナル・アルバム「Musical Massage (1976- Motown)」をリリースするものの、残念なことに大きなヒットとはならず、レーヴェルをその都度替えてリリースしたその後のアルバム「Inside Is Love (1979 – Fabulos)」「Rockin’ You Eternally (1981 – Elektra)」も、一定の評価を得るものの、クインシーやマーヴィンの作品としての価値とは、違う評価が与えられていたのかもしれません。一方日本国内や欧州では、再び「リオン」自身の名前を冠した「エレクトラ」レーヴェルから改めてリリースした、『Leon Ware (1982 – elektra)』から、当時のA.O.Rの流行に伴った「Adult Contemporary Music」の需要がピークを迎えていた背景もあり、リオンのメロウでロマンティックで洗練されたサウンドは、当時の世相にマッチして、熱狂的なコアなファンを世界中に増殖させるに至りました。
彼の名刺代わり的な作品として伝わる『Slippin’ away』は、そんな当時を代表するような音楽の一つとして受け容れられていたように思います。日本国内での『メロウ大王』という呼称も、彼の為に付けられたものでした。

 


Leon Ware – “Slippin’ away”
(album: Leon Ware – 1982)

 

その後は時代と共に、自らのアルバムを数年おきにリリースしながら、また同時にマイ・ペースで多くのアーティストへの楽曲の提供やプロデュース業に、軸足を移していったような印象がありますね。

僕は苦手なのであまり聴く機会はありませんが、現代のHIP-HOP分野のアーティストからのリスペクトは大変なもので、多くのアーティストにサンプリングされる機会も多いようです。
そして、昔から音楽カテゴリーとしての「JAZZ」もJAZZのミュージシャン・アーティストの多くが、欧州では本場米国以上に大変リスペクトされるように、「リオン」もその例外ではないようです。
2008年「オランダ」で人気のある SOUL BAND「Liquid Spirits」が「リオン」を招聘してリリースした『Melodies Ft. Leon Ware』という作品は、もはや「メロウネスの極致」としか例えようのない楽曲として、世にリリースされました。

 


Liquid Spirits – Melodies Ft. Leon Ware (2008)

 

また、晩年になり、かつて「Mellow Tunes ~ Vol.37」でも一度取り上げましたが、イタリアを代表するJAZZ/SOULシンガーとして君臨する「Mario Biondi」(マリオ・ビオンディ)との、大人の男二人によるDUETは、もう鳥肌モノのコラボレーションとなっています。このアルバムのプロデュースを買って出たのは、英国ジャズ・ファンクの大御所ユニットであるINCOGNITOのリーダーでもあるジャン・ポール・“ブルーイ”・モーニックで、ブルーイの「リオン」に対するリスペクトは相当なものであることが窺えます。

 


Mario Biondi (feat. Leon Ware) – “Catch the Sunshine”
(album: SUN – 2012)

 

 

 

まだまだ沢山あるのですが、一度では無理なので、今回はこの辺りで終わります。
Leon Ware(リオン・ウェア)という「メロウなレジェンド」と出逢えたことを、本当にありがたく思います。

また、この記事中に登場した三人の「R&B/SOUL/JAZZ」を語る上でのレジェンドである、Al Jarreau (アル・ジャロウ)、Minnie Riperton (ミニー・リパートン)、Leon Ware (リオン・ウェア) の、ご冥福をあらためてお祈りいたします。

R.I.P.
Rest In Peace [安らかに眠れ]

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.147【CHEMISTRY】

「少し早いかな」と例年感じる「暦」の上での『立冬』から、10日も過ぎる頃には、しっかりと晩秋から冬に変わってゆく「小さな足音」が、遠く彼方から「ひたひた」と近寄ってくるような印象が強くなってきます。そう、それは北の方角から吹き寄せてくる「風」であったり、落ち葉が路上で擦れ合い舞い上がる「カサカサッ」といった音であったり、この時期の季節の変わり目を象徴するような自然現象に、たびたび目や耳を奪われる機会が増えてくるものです。この国の美しい季節「秋」も、そろそろ見納めの時期でしょうか。

 

 

そんなあらゆる郷愁の想いにかられるこの Mellow な晩秋の季節に、あの「川畑・堂珍」コンビによる『CHEMISTRY』が、いよいよ表舞台に帰ってきました。CDが本日(11/15)発売となった、6年ぶりとなるユニット再始動シングル『Windy / ユメノツヅキ』は、昔のシングル・ドーナツ盤で言うところの「両A面」、つまりはダブルリード曲のシングルという具合。

このブログでは、川畑君が鈴木雅之氏とDuetした大人のバラッド作品『Half Moon feat.鈴木雅之』を一度取り上げただけで、「CHEMISTRY」としての作品を取り上げることはありませんでした。
その理由とは、1999年に民放TVのオーディション番組を発端とした彼らのデビュー以前から、一貫して総合プロデュースに携わった「松尾潔」氏が深く関わっていた頃から、その後の彼らの目指す方向性が期待と大きく変わってしまい、とても残念な思いを感じていたからでした。
国内邦楽のPOPS史上我らが大先輩にあたる「桑田圭祐」氏率いる SOUTHERN ALL STARS がかつて世に放った不朽のバラッド『いとしのエリー』と双璧を成すほどの、バラッドの名作『You Go Your Way』をはじめ、プロデュサーとして彼らにいちばん相応しい方向性を見出していたのは、誰あろう「CHEMISTRY」の生みの親である「松尾さん」だったのは、誰の目から見ても明らかでしたから。でもね、それでいいんですよ。誰だって、若い時期だからこそあれもこれもチャレンジしてみたいというのは、当然の成り行きであり「通過点」だったわけで、公私に渡り多くの経験をお互いに積んだ二人が、ようやくその「あるべき場所」というか「立位置」に帰ってくるのを、おそらく多くのファンはずっと耐えて耐えて待っていたような気がしてます。無論、僕もその内のひとりなのは言うまでもないのですが。

 


CHEMISTRY 再始動後初シングル『Windy』MV

 


CHEMISTRY 『ユメノツヅキ』Lyric Video

 

「ユメノツヅキ」のメイキングPVからも伝わってくるように、なんと14年振りにプロデューサーとして二人の再始動を再び支えた「松尾さん」は、作詞もそうですが「Total Producer」としての仕事振りが、文句なしに素晴らしいと言えるのではないでしょうか。「やっぱり、この三人だからこそ」といった、会心の復活劇です。僕は主に洋楽を聴く立場にありますが、これほど久しぶりに「日本語の歌詞」にハッとさせられるのは、大御所作詞家の「松本隆」さん以来でしょうか。実は僕は、元々「松尾さん」が20代の学生の「音楽ライター」であり「物書き」だった頃からの、何百というR&Bはじめブラック・ミュージックのレコード・CDのライナー・ノーツをあきれるほどに拝見してきています。ご本人の著書を読んでいただければすぐに気がつかれると思いますが、もとより美しい文章を書く方ですが、人間の繊細な感情を改めて文字にするというのは、決して簡単な作業ではありません。

前回の記事でも、また過去にも何度も触れた話題ではありますが、配信の時代で「アルバム」が受け手に届きにくくなった現代の音楽産業や環境においては、過去のように「プロデューサー」の重要性が年々希薄になりつつあるような印象が強くあります。
真に実力のある「プロデューサー」とは、アルバムや楽曲ごとに適切な演奏家・作曲家・作詞家・編曲家・デザイナー等々、自身の人脈を総動員して多くのブレーンを集めることが可能となります。世界に目を向ければそれは、『We Are The World』における「Quincy Jones」(クインシー・ジョーンズ)であり、Jazz の世界では「Tommy LiPuma」(トミー・リピューマ)であったりするわけですが、つまるところ、それくらい受け手であるファンやリスナーが聴きたいと思っている作品であると同時に、送り手であるアーティストが納得できる「Win-Win」な方向性を総合的に判断できるのが、真のプロデューサーなのだと思います。

すこし御幣があるかもしれませんが、我々のように1970~90年代に本物の洋楽を聴いて育った世代は、中途半端なサウンドだとか物真似や見てくれだけのパフォーマンスなどでは、ただの1ミリさえも心が動くことはありませんし、その辺りが自ら能動的に「聴く行動」にでるかどうかの「基準」になっていたりします。そういった意味でも、表現者である「CHEMISTRY」やプロデューサーの「松尾さん」の存在意義は、非常に大きいものと思えます。3曲目に収録された国内若手アーティスト二人の「Alfred Beach Sandal + STUTS」による、うねるベースと FUNK 感溢れる素晴らしい楽曲『Horizon』のカヴァーを、「CHEMISTRY」に提案するあたりも、松尾さんならではの目利きぶりで、新時代の「CHEMISTRY」の新たな魅力と可能性を示していて、もうこれは流石としか言い様がありません。

国内のヴェテランを除いた若手アーティストの中で、現在この二人を凌ぐ Vocalist は、まず見つからないでしょう。世界を見渡しても非常に稀有な「男性DUO」である二人は、「松尾さん」がユニットを命名する際に感じたその『音楽的化学反応』(CHEMISTRY) は、これからも時を経て更に進化を続けていくことでしょう。
おっさんの楽しみが、嬉しいことにひとつ増えました。

 

[Yahoo!特集記事]に、CHEMISTRY松尾潔プロデューサーの対談が掲載されました。「パフォーマンス重視のグループばかり、歌を大事にしている人が少ないなと感じた」という川畑氏の語る部分には、もう激しく頷くしかありません。僕はといえば、CD完売ショップ続出で、4件目でようやく購入できました。11/19付の「J-WAVE TOKIO HOT 100」でもチャート6位とのこと。圧倒的なヴォーカル・パフォーマンスとプロデュース・ワークの結果ですね。

 

 

[お知らせ]本サイトは本来【PC】での閲覧を基準にデザインされており、スマートフォンでご覧になる際は、ウィジェット部分の欠落により情報が制限されて表示されます。スマホ画面のページ最下部の【PC】モードにより切替えが可能です。 

Special Messages from “KC” at “Mellow Nights”

仕事が外資の関係で、9月が新年度ということもあり、ドタバタしてるうちにあっと言う間に一週間が過ぎてしまいました。台風が当たり年の今年は、夏の長雨やらで例年よりは過ごしやすい夏を経験できたような気がします。いつの間にか、夕焼け空も秋らしいものへと変化していて、こういう年はなんだか「長い秋」が期待できるような記憶がありますが、今年はどんなものでしょうか。

 

 

そんな慌しい9月の始まりに、僕にとっては最愛のお店だった『Mellows』のことを、30代の頃から『Mellow の巨匠』と敬愛して止まない、今や日本の音楽界におけるBIG Producerとなった『松尾”KC”潔』さんが、ご自身のFMラジオ番組『松尾潔のメロウな夜』で取り上げてくださいました。

こちらの番組では、年に一度か二度くらい、松尾氏の交友関係から「久保田利伸」氏や「鈴木雅之」氏、「山下達郎」氏といった現在の日本の音楽界を牽引してきたビッグ・ネームがゲストに招かれる機会があり、ここ数年は恒例となっているようで、昨年の暮れに自分と同世代の「久保田」氏が登場しました。1980年代後半人気絶頂を極めていた久保田氏は、SOUL/R&Bの本場である米国で勝負をしたいと単身「NY」に渡り、1995年「Toshi Kubota」として全米デビューを果たしました。そんな異国の地で頑張る彼の姿が、かつて身内の事情で「NY」への赴任を断念することになった自分の苦い経験から、いつも「がんばれ」と陰ながら熱く応援していたものでした。一方の松尾さんも、著書を読めばお分かりのように、単身米国や英国へ乗り込んでアジア人であるにも拘らず、恥じることなく自身の愛する黒人音楽分野の大物アーティストへのアグレッシブな取材を敢行するなど、僕のようなブラック・ミュージック愛好家にしてみれば、日本が世界に誇るまさに「2-TOP」と言っても過言ではない存在でした。おそらく日本人の音楽評論家・ライターといった立場で、超大物プロデューサーの「Quincy Jones」(クインシー・ジョーンズ)への取材を成功させたのは、松尾さんと、過去には音楽評論家の吉岡正晴さんくらいなのではないでしょうか。松尾さんによるクインシーへの、最初のインタヴューでは罵倒されたそうだけれども、もっともその時の邂逅が、氏が後のプロデュース業に乗り出していく契機となったのは否定できない事実と思われます。詳しくは著書を読まれることをお薦めします。

その久保田氏がまた恒例のゲストで年末の番組収録に招かれると知り、松尾氏同様にリスペクトするお二人に、リクエストを添えてメッセージをメールで送りました。これまでの生涯でリクエストなんてただの一度もしたことがなかったし、もちろん番組内で取り上げられなくても、お二人の目に留まってくれたらそれで十分といったつもりでした。昨年2016年という忌まわしき年は、僕らの世代の音楽好きにとっては、大切な多数のアーティストが他界していった、例を見ない特別な年でした。当ブログ内に敢えて「R.I.P. – 安らかに眠れ」などというカテゴリーを用意せざるを得ないほどの最悪の事態となっていました。そんな事情もあって、同世代の音楽好きの人たちと、この辛く悲しい思いを共有したいといったことから、同年亡くなった「ハモニカおじさん」ことToots Thielemansが演奏する穏やかな作品『Velas』(Produce: Quincy Jones)を、メッセージを添えてリクエストしたのでした。トゥーツ・シールマンスは過去に久保田氏の楽曲「Love under the moon」で客演もしていたので、お二人に宛てたちょうどいい選曲だと思いました。
とはいえ、なにせ当代きっての売れっ子プロデューサーとなり、もはや多忙を極める松尾さんなので、なかなかリスナーからのリクエスト特集なんてできないのが実情です。僕自身も番組のスタート時から聴いている古参リスナーの一人ですが、事実2010年から8年間続くプログラムの中でも、リクエスト特集なんて年に一度できるかできないかといった事情なのです。

送信したメールの内容、ほぼすべてを割愛することなく全国への電波に乗せて、閉店から5年という月日が経過した今でさえも、「やめたくて、やめたわけではない」といった僕の「無念」な想いを、まるで自分のことのように伝えてくれたような、そんな気がしました。やはり「メロウ」「Mellow」というワードで繋がった者同士ならではの関係が生まれたような、そんな熱い想いで心が満たされるのを感じました。

 

 

こんな男のメッセージを、しかも番組のエンディングで紹介していただき、2012年に最愛のお店をCLOSEしたあの日以来、感激のあまり久しぶりに男泣きしました。

 

 

松尾さん、並びに僕のメッセージを拾い上げてくださった「メロ夜」番組スタッフの皆さん、本当に有難うございました。5年間ずっと胸につかえていたモノが、すっとどこかへ消え去ったような、まるで数日前に偶然撮影した野に咲く一輪の早咲きの「秋桜」のような、なんだかそんな清々しい想いがしています。
そして、もしかつてのお客様方が運よく放送を聴いてくださっていたならば、皆さん一様になにかしら「それぞれのメロウな想い出」を、懐かしく回顧してくれていることと思います。心より、この場を借りて御礼を申し上げます。
どうか、今後とも素敵な大人向けのラジオ・プログラムを続けていただけるよう、微力ながら当ブログを通じて、今後もずっと応援していくつもりです。