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悲しい音色【追悼編 / Bill Evans】

カウンターの中でいつものように珈琲を淹れていると、携帯のメール着信音が鳴った。
常連のお客さんととりとめのない会話をしながら、着信のメールを見ると『訃報』の文字が目に飛び込んできた。
なんだかいやな予感が走る。
差出人は、今でもよくお店に顔を出してくれる会社員時代の同僚からだった。
大方、勤務していた会社のOBの誰かのものだとは、容易に想像はできた。

 

 

亡くなったのは、僕が現役時代、都内の事業所から成田空港に異動してきて以来、公私に渡り大変お世話になった大先輩だった。現在こうして、僕がブログやHPを業者に頼むことなく独自で運営できているのも、PCを自分で自作できるようになったのも、すべてその方のお陰と言っても差し支えないほど、コンピュータやITのことで何から何までお世話になった。

1月に開店祝いにお店を訪れてくれた際に、「今年でもう70歳だよ!」と仰っていたので、10年ほど前に定年退職されていたことになる。この大先輩は、会社員に転職する前に所属していた海上自衛隊員時代に抜擢され任務に就いた、「南極観測隊」第7・8次のメンバーとして南極観測船「ふじ」で、二度も南極まで航海をされた経験を持っていた。その後、南極の魅力に取りつかれ、生涯独身を貫いた定年後の今日まで、実に多くのボランティアに東奔西走されていた。
ウチのお店に来てくれた際も、ご友人の車に同乗して来られたので、理由を訊いたら、「震災後被災地にボランティアに行ったら、車を津波で流されて困ってた人がいたんで、あげるよって置いてきちゃったんだ。」って、こともなげに言うところが、「相変わらずスケールが違うな..」って驚かされたのが、まるで昨日のことのように思い出された。

今日最後のお客さんを見送り、閉店後店のドアを閉めた後、彼が1月にお店に来てくれた際に見せてくれた、すこしだけ貫禄を増したお腹周りと屈託のないいつもの笑顔が、ふと脳裏をよぎった。そして僕の身体全体がこわばり、訃報を知ってからずっと我慢していた熱い涙が頬を伝った。

その後、メールをくれた友人に電話をして、分かる範囲で事情を説明してもらった。
納得はいかないけど、文字通り人生を謳歌して、ぽっくりと逝けた様子だった。それは、生前「そうありたい」といつも彼が言っていたことだったので、「よかったのかな」って思うことにしたい。
そしてとにかく今は、彼のご冥福をお祈りしたい。

急な知らせでお別れができなかった僕としては、大好きなビル・エヴァンスが亡き妻に捧げたことでよく知られる、この曲で、自分なりに追悼したいと思う。

 


Bill Evans / “B Minor Waltz (For Ellaine)”
(album: “You Must Believe in Spring” – 1981)

 

テラスに出てみると、8月にはまったくといっていいほど降らなかった雨が、天から注ぎはじめていた。本来だったら久々の恵の雨なのに、まるで悲しい涙雨のようだ。

すこしばかり、冷めた珈琲をすすりながら、濡れているのも悪くないような気がした。
できることなら、なにより珈琲が大好きだったあの人に、少しは上達しただろう「心のこもった一杯」を、淹れて差し上げたかった。
安井さん、安らかにお眠りください。本当にお世話になりました。

合掌

 

※個人的なことで、しかも長くなりました。ご本人が僕のブログ更新をいつも楽しみにしてくれていたのと、どうしても文字として残しておきたかったので。