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Mellow Tunes ~ Vol.82【月夜のスタンダード / Linda Ronstadt】

いつものように、暑い八月がやってきた。

こう暑いとやはり標高の高い場所に逃避したくなるのは、僕の場合昔からの癖みたいなものだ。

そうはいっても時間と予算とタイミングがあってのこと、現実はなかなかそうもいかない。

今からもう27年ほど前になるけれど、世間が夏休みに入る直前の7月の中旬頃だっただろうか、その半年前に他界した父親の形見分けで譲り受けることになった日産のマニュアル車のセダンで、ふらっと大好きな信州の蓼科にあてもなく一人でドライブに出掛けた。父親の急逝に伴う身内の事情から辞めることになった、新卒で入社した会社の、退職前の有休消化というのが、実際のところだった。

とにかく新緑の眩い季節で、視界に入る植物のすべてが生命力で溢れんばかりの「緑色」で埋め尽くされていた。峠を走っている途中で、蓼科湖にほど近い森の中に居心地の良さそうなペンションを見つけ、一晩泊めてもらうことにした。JAZZが好きだというオーナーが経営するペンションのダイニングには、大きな暖炉を背にしたバー・カウンターがあって、壁面のラックは沢山の収集したアナログ盤のレコードのコレクションで埋め尽くされていた。

 

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夜の10時を過ぎた頃だっただろうか、宿泊客が僕以外いなかったので、ビールを一杯戴きながらオーナーと世間話と音楽談義に花を咲かせた。「何かリクエストは」と訊かれたので、ちょうど部屋でカセット式の「ウォークマン」で聴こうと思って持ち合わせていた一本のカセット・テープを手渡し、「じゃあこれの2曲目を」と曲の頭出しをオーナーにお願いした。

Linda Ronstadt - What's Newオーナー御自慢のオーディオ・セットから流れてきたのは、Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)が歌う『I’ve Got A Crush On You』。それまでウェストコースト・ロックの歌姫といった印象しかなかった彼女の、本格的なジャズ・ヴォーカルへの転向にチャレンジした作品『What’s New』(1983)は、当時の僕の大のお気に入りで、気持ちを落ち着かせたいときなどにはいつも聴いていたものだった。

 

Linda Ronstadt / “I’ve Got A Crush On You” (album: What’s New – 1983)

 

なんだか不思議なくらい「月明かり」の綺麗な夏の夜の出来事で、ペンションの名前さえも今は覚えていないのに、あの時のリンダの優しく美しく歌い上げる「ガーシュイン兄弟」のメロディーが、なぜだか今でもずっと耳と記憶に残っている。

 

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DuetsそんなLinda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)が、今年になってリリースした初期の頃の作品から集めて編集したデュエット・アルバム、その名も『Duets』 Over-50 の世代でちょっとした話題になっているようだ。なんといってもジャケットの写真もデザインも秀悦で、もちろん中味も聴いてみると、声に伸びと艶があってやはり素晴らしいヴォーカリストであることが改めてわかる。現在68歳になる彼女は「パーキンソン病」を長く患い、歌えるような状況でないという。とはいえ、作品は永遠のもの。ずっと心の中で大切にしたいものだ。