Category Archives: Rest In Peace [安らかに眠れ]

儚い音色【Bill Evans】

三日ほど前に、ごく近しい人が「天」へと旅立った。

そして今日、お別れをしてきた。

 

 

7年ほど前に「Mellows」を開業すると告げた際、自分の身の回りの100人中95人位の人たちが、「やめておけ」とあからさまに否定的な態度を取ったものだったけれど、その人は違った。「夢や想いを実現するってことは、何よりも素晴らしい。応援するよ」と、熱いエールを頂戴した。素直に嬉しかった。
先の結果はどうであれ、自分の決めた道をまっすぐに進もうとしている人たちに、自分も同じような言葉をかけてあげたいと、そう思ったものだった。

 

敬愛するジャズ・ピアニストの「Bill Evans」(ビル・エヴァンス)が、亡き妻のエレーンに捧げたことで知られる、儚い音色で彩られた「エヴァンス」による美しいオリジナル作品、『B Minor Waltz (For Ellaine)』を、はなむけとして贈りたいと思う。

 


Bill Evans – “B Minor Waltz (For Ellaine)”
(album: You Must Believe in Spring – 1981)

 

どうか安らかにお眠りください

 

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.198 【Roy Hargrove ~ R.I.P.】

ここ日本でもそろそろ「冬の足音」が聞こえてくるような、JAZZが似合う季節の入り口の11月2日、ジャズ・トランペット・プレイヤー『Roy Hargrove』(ロイ・ハーグローヴ)の訃報が、世界を駆け巡った。患っていた病気の治療中に、心不全のため米ニューヨークの病院にて逝去したという。享年49歳、またもや「天才」と謳われて久しい一人の「JAZZ MAN」が、若くしてこの世を去ってしまった。

 

 

米国南部のテキサス出身ではあるけれど、1980年代後半から「NY」を拠点とした、ビバップの伝統を継承する正統派プレイヤーとして活動する「Roy Hargroove Quintet」とシンクロしながら、一方では「The RH Factor」名義での「JAZZ」と「HIP-HOP」そして「R&B」との融合を成し遂げたパイオニア的存在でもあり、卓越した技巧も含め、現代のジャズ・シーンの中で最も抜きんでたトランペット奏者だったと、僕自身は認識している。
僕が「ロイ」の「艶」と「色気」のあるホーンの音色に遭遇したのは、若い頃より愛聴し続けている「Boz Scaggs」が2001年にリリースした『Dig』 というアルバムに収められた、それはとてもJazzy & Bluesyな楽曲『Miss Riddle』でのプレイだった。まさに「枯れてゆく男のダンディズムの極致」を表現したイントロそしてソロで聴ける彼のホーンの音色はそれまで聴いたことのあるどのホーン奏者のそれよりも、恐ろしいほどに「Sexy」で「Silky」で衝撃的であり、全身に鳥肌が立ったのを、今でもよく記憶している。(詳しくは過去の関連記事をご覧ください)

 


Boz Scaggs – “Miss Riddle” (ft. Roy Hargrove)
(album: Dig – 2001)

 


Roy Hargroove Quintet – “When we were one” (feat. Johnny Griffin)
(album:  With The Tenors Of Our Time – 1994)

 

自分が生きているうちに、いつかまたJAZZの本場「NY」で演奏を観たいと思える、そんなジャズ・プレイヤーの一人、それが「ロイ・ハーグローヴ」だった。それも叶わぬ夢となってしまい、本当に残念でならない。

 

Rest In Pease, Roy..
どうか安らかに眠れ..

 

Mellow Tunes ~ Vol.180 【 Aretha Franklin ~ R.I.P.】

仕事で忙しかったお盆休みもようやく終わり、心身ともに疲弊しきった状態で帰宅したところ、危篤状態が続いていると数日前からネット上のニュースを通して伝え聞いていた、「Aretha Franklin」(アレサ・フランクリン)が亡くなったとの訃報が、米国デトロイトより世界中に発信されていた。長きに渡り「Queen of Soul」の称号を欲しいままにしていたアレサだけれども、享年76歳、長く膵臓癌で闘病中だったらしい。悲しい知らせは、疲れた身体に追い討ちをかけるようだ。
そして、また一つの時代に幕が下りてしまった。

 

 

これだけ偉大なアーティストであったにも拘らず、当ブログではこれまで取り上げたことがなかった。彼女のバックグラウンドであるゴスペル寄りであったり聴衆を圧倒する程迫力満点のFunkness溢れる作品群を思うと、「Mellow Tune」と捉えることのできる作品は、そう多くはないのかもしれない。とはいえ、そういった自分で決めた基準からまだまだ取り上げていない偉大なアーティストが多すぎるじゃないかと、自分自身にダメ出しをせざるを得ない。
でも遅すぎるということはないはずだから、僕の敬愛する「Babyface」がアレサの復活を手助けした作品で、彼女がアリスタ・レコード所属時代の1994年にリリースされ、全米R&Bチャートで5位となったスロウ・ミディアムなバラッド、『Willing To Forgive』を取り上げておこうと思う。

 


Aretha Franklin – “Willing To Forgive”
(album: Respect – The Very Best Of Aretha Franklin)

 

そしてもう一つ、米国の音楽史上感動的なステージとして、永く人々の目に耳に刻み込まれたであろうと信じて止まない、アレサの熱唱を取り上げぬわけにはいかない。1967年アトランティックよりリリースされた彼女の代表作である「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(ナチュラル・ウーマン)は、既知の通り、やはり米国を代表する女性シンガー・ソングライターの草分け的な存在でもある「Carole King」(キャロル・キング)夫妻による作品だ。
毎年優れた芸術家に贈られる「ケネディ・センター名誉賞」の、2015年の受賞祝賀公演で、受賞者の一人であった「キャロル・キング」へのサプライズ・ゲストとしてステージに登場した「アレサ」のピアノでの弾き語りから始まった「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」は、圧巻のパフォーマンスとなったのは、比較的記憶に新しい出来事だ。キャロルの感激の表情はもとより、「この人は心底音楽を愛している」と僕自身もずっとリスペクトしている、授賞式に招かれていた「バラク・オバマ元アメリカ合衆国大統領」が、人目も憚らず頬を伝う涙を拭う姿に、「アレサ・フランクリン」という一人の女性ソウル・シンガーの偉大さが、端的に象徴されているのではないだろうか。

 


Aretha Franklin – (You Make Me Feel Like) A Natural Woman
(Kennedy Center Honors 2015)

 

 

R.I.P. Aretha…
Rest In Peace [安らかに眠れ]

 

Mellow Tunes ~ Vol.177【Quincy Jones & etc. 】

「お暑うございます」。
そしていつもご訪問ありがとうございます。台風が去ってからも、また猛暑が繰り返されておりますが、今年の夏は異例な気候に間違いないようですので、どうか皆々様も水分補給と休息は忘れずに、毎日をお過ごしください。

 

 

さて8月に入って最初の更新となりますが、個人的に毎週放送を楽しみしております、音楽プロデューサーの松尾潔さんが贈る大人のためのラジオ・プログラム『松尾潔のメロウな夜』の番組の中でもレポートしていただいた、現代における偉大な音楽家である『Quincy Jones』生誕85歳記念コンサートに関するトピックを取り上げてみようと思います。

 

 

「SNS」が苦手なことから僕自身はアカウントさえ持っていないのですが、フットボールの世界の祭典「World Cup ロシア大会」も佳境を迎えようとしていた6月下旬に、松尾さんのTwitterにアクセスしてみると、なんと英国はロンドンに来ているというではないですか。

『あれから10年。Qの85歳バースデイコンサートがO2アリーナで催されると鷺巣さんから聞いたぼくは、久保田利伸さんを誘ってふたりロンドンに向かい、パリ在住の鷺巣さんご夫妻とは現地で合流した。夢のような3時間だった。』と文面にあり、しかも会場でのお三方の3ショットまでUPされていました。

 

松尾氏Twitterより

 

なんでも6/27に実施されたこの歴史的なコンサートは、2年ほど前に逝去したクインシーの「右腕」といっていい存在であった英国出身の「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)へのトリビュートがメインであり、クインシーとロッドでの最強コンビで創り上げた、今は故人となった「マイケル・ジャクソン」の作品も多く演奏されたというではないですか。しかも会場となった「O2アリーナ」はマイケルが復活を賭けて長期公演がスタートする予定だった場所。(2009年3月5日、マイケル・ジャクソンはロンドンのO2アリーナにて、同地でのコンサート公演『THIS IS IT』を行うことを表明。同年7月13日から2010年3月6日までに全50公演の開催が予定されていたが、直前の6月25日にマイケルが急死。- 出典: Wikipedia )

「稀代の天才ソング・ライター」である「ロッド・テンパートン」に関しては、当ブログでも彼の生前に一度特集記事をUPしたこともあり、松尾さんのTwitterでこの情報を知った途端に、どうにもこうにも落ち着きがなくなってしまう自分がいました。間髪入れることなく、すぐに松尾さんの番組HPへ、英国在住のアーティストが主ではあったようですが、多くのミュージシャン・アーティストが集結した、それはそれは大変貴重なクインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を、ぜひともレポートしてくださいとのメールをしたためました。
(恥ずかしながら、今週7/30の放送直後、番組HPコラム「メロウな徒然草」でも公開済み)

 

松尾さんがレポートしてくださった、クインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を収録した「メロウな夜」放送当日の内容は、毎週放送内容を「書き起し」していらっしゃる『みやーんさん』のサイト『miyearn ZZ Labo』にて、ゆっくり腰を落ち着けて文字で読むことが可能です。「Radiko Time Free」が未対応な「メロウな夜」ファンの皆様にとっては、再放送まで聴き逃した際などにはとても貴重な情報源となりますので、ぜひともご訪問・ご一読をお薦めいたします。

尚、松尾さんのTwitterからの貴重なおまけ情報で、興味のある方は期間限定でこのコンサート内容を聴くことができます。(以下抜粋)
『先月27日、鷺巣詩郎さんと久保田利伸さんと観てきたクインシー・ジョーンズ85歳バースデイコンサート@ロンドンO2アリーナの模様が、1ヶ月限定でBBCラジオ2で聴けるようになりました。すべての音楽業界人は聴くべし!番組進行役はトレヴァー・ネルソン。』

 
そんなわけで、松尾さんはもちろんのこと、遠くパリから松尾さんを誘ってくれた偉大な音楽家「鷺巣詩郎」さん、「すぐにロンドンに行かなきゃダメだよ」と同行した「久保田利伸」さんはじめ、それを陰ながらサポートする「メロ夜STAFF」「みやーんさん」等々皆様方のおかげで、この貴重な「クインシーの85歳聖誕祭」に、遅ればせながらも、ステージから最も遠い末席とはいえ、今回の貴重なライブに参加させていただいたような気分になりました。まさにIT時代の恩恵と言えましょう。技術の進歩にも、ひたすら感謝ですね。

それでは、新旧含めあらゆるカテゴリーから多くのアーティスト・ミュージシャンが集結したコンサートの中から、JAZZのスタンダードとなって久しい「サラ・ヴォーン」の代表曲『Misty』(オーケストラ指揮&アレンジ:クインシ―・ジョーンズ-1958年パリ録音)を、米国はテネシー州メンフィス出身の女性シンガー「Dee Dee Bridgewater」(ディー・ディー・ブリッジウォーター)
による素晴らしいカヴァーを、まずひとつ。
(観客の方による撮影のようですが、視聴できる今のうちにどうぞ)
 


DEE DEE BRIDGEWATER & QUINCY JONES ORCHESTRA – “MISTY”
Quincy Jones’ 85th birthday celebration concert

 

そして、トリビュートの対象となった「ロッド・テンパートン」が、クインシーに見出される以前に在籍し、英国で結成された多国籍人種による「Multinational Funk-Disco Band」であった『HEATWAVE』時代に遺した伝説のスロウなバラッド作品『Always and Forever』(1977年発売)を、今年の7月で没後13年が経過した偉大なSOUL/R&Bシンガー『LutherVandross』(ルーサー・ヴァンドロス)が遺してくれた、生前1994年英国ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールにて収録されたカヴァーで締めくくりたいと思います。

 


LutherVandross – “Always and Forever”
(from Always and Forever: An Evening of Songs at The Royal Albert Hall in 1994)

 

Rest In Peace

 

*「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)に関心を持たれた方、よろしければ関連記事含め、過去記事もご覧ください。

 

“TOWER RECORDS” 創業者 ラス・ソロモン氏 逝去

春がやって来そうで来ないような、北朝鮮が米国と会談を持つ予定だとか、永田町では国政がひっくり返るほどの政局が混乱を極めている最中で、海の向こうの米国カリフォルニアからとても残念な「訃報」が舞い込んだ。

 

 

TOWER RECORDS (タワー・レコード)の名物創業者としてよく知られた、偉大な「Russ Solomon (ラス・ソロモン)」氏が、現地時間3月4日に、カリフォルニア州サクラメントにある自宅で、静かに息を引き取った。TVで第90回アカデミー賞授賞式を視聴中に、心臓発作を起こし、そのまま帰らぬ人となったという。92歳だったそうだ。

 

ABC7 News – SF Bay Area

 

ある意味自分にとっては、大好きなアーティストが逝去したのと等しいくらい、残念なことでならない。思えば大学生だった80年代、キャンパスが近かったこともあり、学校帰りはバイトに行く前に必ず週に3・4回は、東急ハンズの先にある宇田川町の旧店舗まで足繁く通ったものだった。
いつの間にやら店員さんとも親しくなり、会えばこちらの好みの新譜をそれとなく教えてもらったりしたことも、度々あったことを懐かしく思い出した。TOWERで入手できないものは、学校裏手の南青山・骨董通りにひっそりと存在しマニアが集結した伝説のレコード・ショップ「パイド・パイパー・ハウス (Pied Piper House)」か、TOWERのすぐ近くにあった「CISCO」だとか、それでも見つからないときは御茶ノ水の「disk union」辺りを、レコードを求めて彷徨っていた時代が、本当に懐かしい。とはいえ、お目当てのものは大体タワーで見つけられたものだった。

自分が会社員を20年以上続けた末に、独立して音楽にこだわりを持ったカフェをOPENしたのも、そして閉店した今でもこんな「音楽主体のブログ」をずっと続けているのも、若い頃に並々ならぬお世話になった「TOWER RECORDS」の存在抜きには、何ひとつ語れないものだ。つまりはラス・ソロモン氏の音楽ビジネスに対する尋常ではない情熱による影響もあって、「Mellows」が誕生し、そしてこのサイトがこうして存在しているともいえるのだ。

1990年代に入って、日本国内ではレコード会社をグループに持つ音響機器メーカーの「SONY」の主導で、海外諸国に比べると市場から一気にアナログ・レコードが駆逐され、あっという間に「CD」の時代に移行してしまった感が強い。その頃から、TOWER だけでなく、「CDショップ」という空間にうまく馴染めない自分がいて、いやでも出没頻度は減っていったものだった。
その後の「iPod」に代表される Digital Audio Player への移行に伴う「配信」の時代の到来が、結果的に街の「レコード屋」であるとか「CDショップ」を廃業に追い込んでいくわけだけれど、TOWER RECORDS ももちろん例外ではなかった。そのことは過去記事で一度大きく取り上げさせてもらったので、時間のあるときにでも、ぜひご一読願いたい。

 


“All Things Must Pass: The Rise and Fall of Tower Records”

 

世界中の人々にあらゆるカテゴリーの音楽に触れる機会を与えてくれ、「No Music, No Life.」の精神を教えてくれた偉大なラス・ソロモン氏のご冥福を、謹んでお祈りしたいと思う。そして心より御礼を申し上げたい。

 

R.I.P. Mr. Solomon…

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.158【Prince】

今日は、春がまた少しだけ遠のいたような感じがする、「雪」が舞う一日だった。たぶんそろそろ、「冬」と「春」が同居しながら、お互いを行ったり来たりする季節の始まりだ。

 

 

最近は雪が降ると、無性にこの曲が聴きたくなるから不思議だ。

そして4月がくれば、紫の殿下『Prince』があちらへ旅立ってから、もう2年になる。

 

Sometimes it snows in April
Sometimes I feel so bad, so bad
Sometimes I wish life was never ending
And all good things, they say, never last

四月に雪が降ることもある
ひどく落ち込むこともある
人生がずっと続けばいいと思うこともある
楽しい時はいつか終わると人は言う

 

Prince がそんな風に歌う、シンプルなバラッドが心に響く。

 


Prince – “Sometimes It Snows in April”
MTV Unplugged The Art of Musicology

 

 


Prince & The New Power Generation – “Damn U”
(Official Music Video)

 

この才能豊かなアーティストが我々に遺してくれた、とびきりMellowで美しくも儚いバラッドの数々に、改めてその偉大さを認識せずにはいられない。

 

R.I.P. Prince…

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.157【Leon Ware】

北陸地方や北日本に長く停滞した寒気団もようやく緩み、ここ関東地方では今日に限ってですが、さながら3月中旬並みの最高気温まで上昇しました。明日からはまた真冬へ逆戻りということですが、そんなことを例年のように繰り返しながら、やっと春がやってくるんですね。

 

 

さて今回の「Mellow Tunes」ですが、ちょうど一年前の2月23日に世界中のR&B/SOULファンからたいへん惜しまれながらも、77歳でこの世を去った、「Leon Ware」(リオン・ウェア)を取り上げようと思います。
Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)に提供したSoul Classicの名曲『I Want You (1976)』をはじめ、それはもう数え切れないほどの「Mellow Tunes」を生み続け、メロウでロマンティックでそして官能的な楽曲で世界中のリスナーを虜にしてきた「リオン」ですが、当然ながら活動期間が長きに渡る為、ただでも長いのが、長すぎる記事とならぬよう、掻い摘んでご紹介をいたします。

1972年に自身の名を冠した1st.Album「Leon Ware」を United Artists Records から既にリリースしていたリオンは、彼のソング・ライティングの才能があの大御所Quincy Jonesの目に留まり、クインシーのアルバム「Body Heat (1974)」に、自身が書いた『If I Ever Lose This Heaven』がアルバムのラストに収録されるという、大変名誉な出来事がありました。しかも、この楽曲を一緒に歌ったのは、まだブレイク前夜であったミニー・リパートンでありアル・ジャロウでした。「リオン・ウェア」「ミニー・リパートン」「アル・ジャロウ」のトリオによるコラボなんて、三者がすべて「Big Name」となった現代では考えられない出来事であり、曲が書かれた1973年の時点で、彼らの才能を当時既に見極めていた御大「クインシー」の「凄み」とは、もう末恐ろしいというしかありません。
R&B/SOULを語る際、後に「レジェンド」と呼ばれるこの方々は絶対に欠かすことのできない三人ですが、当サイトのご訪問者の皆さんであればよくご存知の通り、残念なことに「ミニー」は1979年に31歳で夭逝、そして「アル・ジャロウ」は昨年2017年の「グラミー」開催中に訃報が伝えられました。そして彼のトリビュート記事を当ブログでUPして間もなく、2月に入り前立腺癌の治療中だった「リオン・ウェア」までが、帰らぬ人となってしまいました。思い起こせば、もうそれは「悲しみの連鎖」という以外ありませんでした。
そんな歴史も踏まえ、今では故人となってしまった三人が、まさに「ブレイク前夜」ともいえる時代のレコーディングで一同に会した、歴史的な作品『If I Ever Lose This Heaven』からお聴きください。

 


“If I Ever Lose This Heaven” – QUINCY JONES
ft. Minnie Riperton, Leon Ware & Al Jerrau
(album: Body Heat – 1974)

 

クインシーに大抜擢された「リオン」のソング・ライティングの才能は目覚しい勢いで開花し、遂には当時のR&Bの「アイコン」であった大物「Marvin Gaye」(マーヴィン・ゲイ)の目に留まり、後に名作の呼び声高いマーヴィンのアルバム『I Want You』で、決定的となりました。元々は「リオン」が「ダイアナ・ロス」の弟の「Arthur “T-Boy” Ross」と共作し、リオン自身の作品として世に出す予定だった『I Want You』を、どうしても自分が歌いたいと主張する大物スターのマーヴィンに譲渡することと引換えに、リオン自身の2作目のオリジナル・アルバム『Musical Massage』のリリース権を「MOTOWN」より得たというのが、マーヴィンの名作『I Want You』誕生に関するエピソードとして、その後によく語られています。
それでは「リオン」によるメロウ・サウンド全開ともいえる『I Want You』をどうぞ。

 


Marvin Gaye – “I Want You”
(album: I Want You – 1976)

 

マーヴィンに泣く泣く譲渡したリオンの作品『I Want You』によって、リオンはいよいよ2作目のオリジナル・アルバム「Musical Massage (1976- Motown)」をリリースするものの、残念なことに大きなヒットとはならず、レーヴェルをその都度替えてリリースしたその後のアルバム「Inside Is Love (1979 – Fabulos)」「Rockin’ You Eternally (1981 – Elektra)」も、一定の評価を得るものの、クインシーやマーヴィンの作品としての価値とは、違う評価が与えられていたのかもしれません。一方日本国内や欧州では、再び「リオン」自身の名前を冠した「エレクトラ」レーヴェルから改めてリリースした、『Leon Ware (1982 – elektra)』から、当時のA.O.Rの流行に伴った「Adult Contemporary Music」の需要がピークを迎えていた背景もあり、リオンのメロウでロマンティックで洗練されたサウンドは、当時の世相にマッチして、熱狂的なコアなファンを世界中に増殖させるに至りました。
彼の名刺代わり的な作品として伝わる『Slippin’ away』は、そんな当時を代表するような音楽の一つとして受け容れられていたように思います。日本国内での『メロウ大王』という呼称も、彼の為に付けられたものでした。

 


Leon Ware – “Slippin’ away”
(album: Leon Ware – 1982)

 

その後は時代と共に、自らのアルバムを数年おきにリリースしながら、また同時にマイ・ペースで多くのアーティストへの楽曲の提供やプロデュース業に、軸足を移していったような印象がありますね。

僕は苦手なのであまり聴く機会はありませんが、現代のHIP-HOP分野のアーティストからのリスペクトは大変なもので、多くのアーティストにサンプリングされる機会も多いようです。
そして、昔から音楽カテゴリーとしての「JAZZ」もJAZZのミュージシャン・アーティストの多くが、欧州では本場米国以上に大変リスペクトされるように、「リオン」もその例外ではないようです。
2008年「オランダ」で人気のある SOUL BAND「Liquid Spirits」が「リオン」を招聘してリリースした『Melodies Ft. Leon Ware』という作品は、もはや「メロウネスの極致」としか例えようのない楽曲として、世にリリースされました。

 


Liquid Spirits – Melodies Ft. Leon Ware (2008)

 

また、晩年になり、かつて「Mellow Tunes ~ Vol.37」でも一度取り上げましたが、イタリアを代表するJAZZ/SOULシンガーとして君臨する「Mario Biondi」(マリオ・ビオンディ)との、大人の男二人によるDUETは、もう鳥肌モノのコラボレーションとなっています。このアルバムのプロデュースを買って出たのは、英国ジャズ・ファンクの大御所ユニットであるINCOGNITOのリーダーでもあるジャン・ポール・“ブルーイ”・モーニックで、ブルーイの「リオン」に対するリスペクトは相当なものであることが窺えます。

 


Mario Biondi (feat. Leon Ware) – “Catch the Sunshine”
(album: SUN – 2012)

 

 

 

まだまだ沢山あるのですが、一度では無理なので、今回はこの辺りで終わります。
Leon Ware(リオン・ウェア)という「メロウなレジェンド」と出逢えたことを、本当にありがたく思います。

また、この記事中に登場した三人の「R&B/SOUL/JAZZ」を語る上でのレジェンドである、Al Jarreau (アル・ジャロウ)、Minnie Riperton (ミニー・リパートン)、Leon Ware (リオン・ウェア) の、ご冥福をあらためてお祈りいたします。

R.I.P.
Rest In Peace [安らかに眠れ]

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.138【Luther Vandross & Gregory Hines】

日一日と日没が早くなり、夜が長くなってきました。
気温もぐっと下がってくるこれからの季節は、「HOTな珈琲」そして「メロウな音楽」が、もっともしっくりくるシーズンです。

 

 

こういう季節になると、いやでも自然に選んでしまうのが、80年~90年代初期の頃に聴いていた、スロウまたはスロウ・ミディアムな「Slow Jam」の名曲の数々。秋から冬にかけては、特にベストマッチなカテゴリーといえますね。季節や時間に関係なく、常にそんな音楽を流していた、実店舗の「Mellows」時代がとても懐かしく思い出されるのも、この季節ならではのことかもしれません。

そんな訳で今回ご紹介するのは、既に故人となってしまった二人の男性によるDUET作品です。
亡くなって既に12年が経過する「Luther Vandross」は、僕の中では最もリスペクトしている「R&B」分野のアーティストといって差し支えありません。ルーサーのような本物の「Soul Singer」に出逢うのは想像以上に簡単ではなく、没後ずいぶんと時間が経過しましたが、未だに彼を超える「歌い手」を見つけられずにいます。ただ歌が上手いだけのシンガーなら、いるにはいるんですけどね。「SOUL」をリスナーやオーディエンスに伝えられるとなると、なかなか見つからない。このままだと、自分が生きている内に、ルーサーのようなシンガーに出逢うことは、もうないのかもしれません。ただひとつだけ確実なのは、同じ時代に生きて、彼の音楽や才能に触れることができたこと自体に感謝しないといけないのかもしれません。

マライア・キャリージャネット・ジャクソン等々、女性アーティストとのデュエット作品には多くのヒット曲を持つルーサーですが、男性アーティストとのデュエットは、1986年にリリースされた本作品だけだったような気がします。「US Billboard Hot R&B Singles Chart」で1位を獲得した “There’s Nothing Better Than Love” は、同時代に「役者・ダンサー・振付師・歌手」と大変マルチな才能を発揮した「Gregory Hines」(グレゴリー・ハインズ)との、美しいメロディを持ったバラッドです。

 


Luther Vandross, Gregory Hines –
“There’s Nothing Better Than Love” (1986)

 

ルーサーより2年ほど先に他界したグレゴリーですが、二人とも50代で逝ってしまったことが、今となってはとても悔やまれます。とはいえ、こうして作品が世に残り次の世代に継承されていくというのは、アーティストならではのこと。羨ましい限りです。

天国でも美しいハーモニーを聴かせてくれているでしょうか。

R.I.P. – 安らかに眠れ

 

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