Category Archives: Rest In Peace [安らかに眠れ]

Mellow Tunes ~ Vol.209【James Ingram ~ R.I.P.】

足早に過ぎていく一月が終わろうとしている中で、遠い海の向こうから、大好きだったアーティストの一人『James Ingram』(ジェイムズ・イングラム)が旅立ったとの訃報が届いた。

 

 

まだ高校生だった頃の1981年、敬愛する『Quincy Jones』の名盤『The Dude』の中で出逢った時の衝撃は、今でも忘れられない。2016年に時を同じくして他界した「Toots Thielemans」 (トゥーツ・シールマンス) 「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)をはじめ、一時代を築き上げた「クインシー・ファミリー」の重要なメンバの一人がまた欠けてしまった。本当に残念でならない。

 


James Ingram ~ Tribute

 


James Ingram & Tamia “How Do You Keep The Music Playing”

 

Rest In Peace….

 

追記: 当サイトでいつも応援しております、音楽プロデューサー「松尾潔」さんのFMラジオ・プログラム「松尾潔のメロウな夜」(2/11放送)において、僕自身も含めた日本全国の「ジェイムズ・イングラム」を愛する熱心なリスナーやファンの熱い想いに応え、『ジェイムズ・イングラム追悼特集』をON-AIRしてくださいました。1991年に初来日したジェイムズ・イングラムの単独公演の全演奏曲目を再現するといった内容ですが、僕らと同じ時代を生きた「R50世代」の方々にとっては、もう必聴ものです。また一方で、放送後のコラム「メロウな徒然草」に寄せた、御大「クインシー」とその周辺のアーティストたちの関連性であるとか、とにかく松尾さんならではの視点からの解説は、これまた必読ものです。
再放送の予定は下記の通り。まだ聴かれていない方はぜひ。
再放送 FM [ 2/18 月曜 AM10:00-10:50 ]
再放送 AMラジオ第1 [ 2/18 月曜 16:05-16:55 ]
 |
※「2月18日、3月4日のラジオ第1の再放送は休止します。」とのことでした。
ゴメンナサイ m(__)m

 

 

 

Tribute To The Legends on Christmas 2018

いつもご訪問ありがとうございます。
あまりに多忙な上に、体調を崩したりと、散々な平成最後の暮れを過ごしております。
日々ご訪問いただいているブログ・リーダーの皆さま、更新が思うように進まずに、申し訳ありません。こちらが本業ではございませんので、どうかご理解くださいませ。
明日から三連休の方、あるいは僕と同様に年間で最も多忙なクリスマス・年末年始を仕事で終えてしまう方も少なくないと思われますが、いずれにせよ、皆様どうかお身体ご自愛の程を。

 

 
さて本題に入りますが、表題の通り今回は、このクリスマスを迎えるタイミングで、ROCK/POPS界の世界的なレジェンドたちについて取り上げてみたいと思います。

折しもこの秋に、英国出身の伝説のロック・バンド『Queen』(クイーン)の伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)が世界同時公開され、ここ日本でも僕らのようなリアルタイムで青春期を彼らのサウンドと共に過ごした世代のみならず、その子や孫の世代をまで巻き込んだ、大変大きなセンセーションが巻き起こっているのは、ニュースやメディアを通して、音楽にあまり詳しくない方まで皆さんよくご存じのとおりですね。嬉しい現象じゃないですか。なぜって、僕くらいの年齢(あと数日で55ですが)になると、新しい音楽はもちろんのこと、昔よく聴いた懐メロに相当するような音楽でさえもう聴くことのない大人たちで、周囲は埋め尽くされているものです。言ってみれば僕が異常なのかもしれませんが。
すこし前に車中で聴いた「J-Wave」の夕方の番組内で、パーソナリティーのピストン西沢氏が言ってましたが、「これを機会に、またあの時代のような洋楽人気が復活してくれるきっかけとなってくれるといいな」と。まったく同感です。反論のしようもありません。

小学校の高学年頃からすでに洋楽のとりこになり、短波放送が聴けるラジオで海外の放送局の音楽番組を毎日毎晩聴き漁っていたちょっとヘンテコな子どもだった僕でしたが、ちょうど中一だった1976年にリリースされた『Somebody To Love』(邦題:愛にすべてを)は、『ボヘミアン・ラプソディ』はじめ偉大な作品が数多くあれど、『Queen』(クイーン)の作品の中では最も愛すべき楽曲です。そういえば、まだこの頃は「Soul/R&B」(黒人音楽)とまだ出逢っていなくて、欧米のヒット・チャート上のROCK/POPSをまるでシャワーでも浴びるかの如く、聴きまくっていた時代でした。このVIDEOを観るとあの初めて聴いた時の「多重録音」の衝撃と感動が、その度に襲ってくるから、名曲とは凄まじいものがあります。

 


Queen – Somebody To Love (Official Video)

 

Freddie Mercury(フレディ・マーキュリー)- 1991年11月24日(45歳没)
David Bowie(デヴィッド・ボウイ)- 2016年1月10日(69歳没)
George Michael(ジョージ・マイケル)- 2016年12月25日(53歳没)

上記3人共に英国を代表する、今は亡き ROCK/POPS ミュージシャンでありアーティストですが、間もなく訪れるクリスマスの12/25は、僕自身敬愛するジョージ・マイケル」の命日です。
同じLGBTでもある「ジョージ」「フレディ」のことを大変リスペクトしており、1992年4月に実施されたフレディの追悼コンサートでの「Queen」の名曲『Somebody To Love』の、フレディが憑依したかのような圧倒的なパフォーマンスは、ジョージの死と共に現代ロック史上の伝説となりました。
また、そのライヴ直前に行われたリハーサルのスタジオに居合わせた在りし日の「ボウイ」が、「ジョージ」の圧倒的なパフォーマンスに度肝を抜かれている様子がずっとカメラで捉えられており、こちらも伝説のVIDEOのひとつですね。ギター演奏中の「ブライアン」が感激のあまり「ジョージ」に歩み寄り彼の耳元で「Beautiful!」と叫んだというのも、かなり有名なエピソードとなっています。まずはリハーサルの様子から、そして会場のオーディエンスと一体化した圧巻の本番のパフォーマンスへ。そして「デヴィッド・ボウイ」「Queen」をバックに従えての持ち歌の『Heroes』を披露するその様子は、今となっては本当に貴重な映像です。どうぞ一連の動画をご覧ください。

 


Track-1: Queen & George Michael – “Somebody To Love”[Rehearsal]
Track-2: Queen & George Michael – “Somebody To Love”
Track-3: Queen, David Bowie, Ian Hunter, Mick Ronson – “Heroes”

(The Freddie Mercury Tribute Concert – 1992)

 

偉大なる音楽の先人たちに R.I.P.

そして音楽を愛する世界中の人々に「Merry Christmas」

世界のいたるところに平和が訪れますように

 

 

儚い音色【Bill Evans】

三日ほど前に、ごく近しい人が「天」へと旅立った。

そして今日、お別れをしてきた。

 

 

7年ほど前に「Mellows」を開業すると告げた際、自分の身の回りの100人中95人位の人たちが、「やめておけ」とあからさまに否定的な態度を取ったものだったけれど、その人は違った。「夢や想いを実現するってことは、何よりも素晴らしい。応援するよ」と、熱いエールを頂戴した。素直に嬉しかった。
先の結果はどうであれ、自分の決めた道をまっすぐに進もうとしている人たちに、自分も同じような言葉をかけてあげたいと、そう思ったものだった。

 

敬愛するジャズ・ピアニストの「Bill Evans」(ビル・エヴァンス)が、亡き妻のエレーンに捧げたことで知られる、儚い音色で彩られた「エヴァンス」による美しいオリジナル作品、『B Minor Waltz (For Ellaine)』を、はなむけとして贈りたいと思う。

 


Bill Evans – “B Minor Waltz (For Ellaine)”
(album: You Must Believe in Spring – 1981)

 

どうか安らかにお眠りください

 

 

 

Mellow Tunes ~ Vol.198 【Roy Hargrove ~ R.I.P.】

ここ日本でもそろそろ「冬の足音」が聞こえてくるような、JAZZが似合う季節の入り口の11月2日、ジャズ・トランペット・プレイヤー『Roy Hargrove』(ロイ・ハーグローヴ)の訃報が、世界を駆け巡った。患っていた病気の治療中に、心不全のため米ニューヨークの病院にて逝去したという。享年49歳、またもや「天才」と謳われて久しい一人の「JAZZ MAN」が、若くしてこの世を去ってしまった。

 

 

米国南部のテキサス出身ではあるけれど、1980年代後半から「NY」を拠点とした、ビバップの伝統を継承する正統派プレイヤーとして活動する「Roy Hargroove Quintet」とシンクロしながら、一方では「The RH Factor」名義での「JAZZ」と「HIP-HOP」そして「R&B」との融合を成し遂げたパイオニア的存在でもあり、卓越した技巧も含め、現代のジャズ・シーンの中で最も抜きんでたトランペット奏者だったと、僕自身は認識している。
僕が「ロイ」の「艶」と「色気」のあるホーンの音色に遭遇したのは、若い頃より愛聴し続けている「Boz Scaggs」が2001年にリリースした『Dig』 というアルバムに収められた、それはとてもJazzy & Bluesyな楽曲『Miss Riddle』でのプレイだった。まさに「枯れてゆく男のダンディズムの極致」を表現したイントロそしてソロで聴ける彼のホーンの音色はそれまで聴いたことのあるどのホーン奏者のそれよりも、恐ろしいほどに「Sexy」で「Silky」で衝撃的であり、全身に鳥肌が立ったのを、今でもよく記憶している。(詳しくは過去の関連記事をご覧ください)

 


Boz Scaggs – “Miss Riddle” (ft. Roy Hargrove)
(album: Dig – 2001)

 


Roy Hargroove Quintet – “When we were one” (feat. Johnny Griffin)
(album:  With The Tenors Of Our Time – 1994)

 

自分が生きているうちに、いつかまたJAZZの本場「NY」で演奏を観たいと思える、そんなジャズ・プレイヤーの一人、それが「ロイ・ハーグローヴ」だった。それも叶わぬ夢となってしまい、本当に残念でならない。

 

Rest In Pease, Roy..
どうか安らかに眠れ..

 

Mellow Tunes ~ Vol.180 【 Aretha Franklin ~ R.I.P.】

仕事で忙しかったお盆休みもようやく終わり、心身ともに疲弊しきった状態で帰宅したところ、危篤状態が続いていると数日前からネット上のニュースを通して伝え聞いていた、「Aretha Franklin」(アレサ・フランクリン)が亡くなったとの訃報が、米国デトロイトより世界中に発信されていた。長きに渡り「Queen of Soul」の称号を欲しいままにしていたアレサだけれども、享年76歳、長く膵臓癌で闘病中だったらしい。悲しい知らせは、疲れた身体に追い討ちをかけるようだ。
そして、また一つの時代に幕が下りてしまった。

 

 

これだけ偉大なアーティストであったにも拘らず、当ブログではこれまで取り上げたことがなかった。彼女のバックグラウンドであるゴスペル寄りであったり聴衆を圧倒する程迫力満点のFunkness溢れる作品群を思うと、「Mellow Tune」と捉えることのできる作品は、そう多くはないのかもしれない。とはいえ、そういった自分で決めた基準からまだまだ取り上げていない偉大なアーティストが多すぎるじゃないかと、自分自身にダメ出しをせざるを得ない。
でも遅すぎるということはないはずだから、僕の敬愛する「Babyface」がアレサの復活を手助けした作品で、彼女がアリスタ・レコード所属時代の1994年にリリースされ、全米R&Bチャートで5位となったスロウ・ミディアムなバラッド、『Willing To Forgive』を取り上げておこうと思う。

 


Aretha Franklin – “Willing To Forgive”
(album: Respect – The Very Best Of Aretha Franklin)

 

そしてもう一つ、米国の音楽史上感動的なステージとして、永く人々の目に耳に刻み込まれたであろうと信じて止まない、アレサの熱唱を取り上げぬわけにはいかない。1967年アトランティックよりリリースされた彼女の代表作である「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(ナチュラル・ウーマン)は、既知の通り、やはり米国を代表する女性シンガー・ソングライターの草分け的な存在でもある「Carole King」(キャロル・キング)夫妻による作品だ。
毎年優れた芸術家に贈られる「ケネディ・センター名誉賞」の、2015年の受賞祝賀公演で、受賞者の一人であった「キャロル・キング」へのサプライズ・ゲストとしてステージに登場した「アレサ」のピアノでの弾き語りから始まった「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」は、圧巻のパフォーマンスとなったのは、比較的記憶に新しい出来事だ。キャロルの感激の表情はもとより、「この人は心底音楽を愛している」と僕自身もずっとリスペクトしている、授賞式に招かれていた「バラク・オバマ元アメリカ合衆国大統領」が、人目も憚らず頬を伝う涙を拭う姿に、「アレサ・フランクリン」という一人の女性ソウル・シンガーの偉大さが、端的に象徴されているのではないだろうか。

 


Aretha Franklin – (You Make Me Feel Like) A Natural Woman
(Kennedy Center Honors 2015)

 

 

R.I.P. Aretha…
Rest In Peace [安らかに眠れ]

 

Mellow Tunes ~ Vol.177【Quincy Jones & etc. 】

「お暑うございます」。
そしていつもご訪問ありがとうございます。台風が去ってからも、また猛暑が繰り返されておりますが、今年の夏は異例な気候に間違いないようですので、どうか皆々様も水分補給と休息は忘れずに、毎日をお過ごしください。

 

 

さて8月に入って最初の更新となりますが、個人的に毎週放送を楽しみしております、音楽プロデューサーの松尾潔さんが贈る大人のためのラジオ・プログラム『松尾潔のメロウな夜』の番組の中でもレポートしていただいた、現代における偉大な音楽家である『Quincy Jones』生誕85歳記念コンサートに関するトピックを取り上げてみようと思います。

 

 

「SNS」が苦手なことから僕自身はアカウントさえ持っていないのですが、フットボールの世界の祭典「World Cup ロシア大会」も佳境を迎えようとしていた6月下旬に、松尾さんのTwitterにアクセスしてみると、なんと英国はロンドンに来ているというではないですか。

『あれから10年。Qの85歳バースデイコンサートがO2アリーナで催されると鷺巣さんから聞いたぼくは、久保田利伸さんを誘ってふたりロンドンに向かい、パリ在住の鷺巣さんご夫妻とは現地で合流した。夢のような3時間だった。』と文面にあり、しかも会場でのお三方の3ショットまでUPされていました。

 

松尾氏Twitterより

 

なんでも6/27に実施されたこの歴史的なコンサートは、2年ほど前に逝去したクインシーの「右腕」といっていい存在であった英国出身の「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)へのトリビュートがメインであり、クインシーとロッドでの最強コンビで創り上げた、今は故人となった「マイケル・ジャクソン」の作品も多く演奏されたというではないですか。しかも会場となった「O2アリーナ」はマイケルが復活を賭けて長期公演がスタートする予定だった場所。(2009年3月5日、マイケル・ジャクソンはロンドンのO2アリーナにて、同地でのコンサート公演『THIS IS IT』を行うことを表明。同年7月13日から2010年3月6日までに全50公演の開催が予定されていたが、直前の6月25日にマイケルが急死。- 出典: Wikipedia )

「稀代の天才ソング・ライター」である「ロッド・テンパートン」に関しては、当ブログでも彼の生前に一度特集記事をUPしたこともあり、松尾さんのTwitterでこの情報を知った途端に、どうにもこうにも落ち着きがなくなってしまう自分がいました。間髪入れることなく、すぐに松尾さんの番組HPへ、英国在住のアーティストが主ではあったようですが、多くのミュージシャン・アーティストが集結した、それはそれは大変貴重なクインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を、ぜひともレポートしてくださいとのメールをしたためました。
(恥ずかしながら、今週7/30の放送直後、番組HPコラム「メロウな徒然草」でも公開済み)

 

松尾さんがレポートしてくださった、クインシーのバースデー・コンサートの当日の様子を収録した「メロウな夜」放送当日の内容は、毎週放送内容を「書き起し」していらっしゃる『みやーんさん』のサイト『miyearn ZZ Labo』にて、ゆっくり腰を落ち着けて文字で読むことが可能です。「Radiko Time Free」が未対応な「メロウな夜」ファンの皆様にとっては、再放送まで聴き逃した際などにはとても貴重な情報源となりますので、ぜひともご訪問・ご一読をお薦めいたします。

尚、松尾さんのTwitterからの貴重なおまけ情報で、興味のある方は期間限定でこのコンサート内容を聴くことができます。(以下抜粋)
『先月27日、鷺巣詩郎さんと久保田利伸さんと観てきたクインシー・ジョーンズ85歳バースデイコンサート@ロンドンO2アリーナの模様が、1ヶ月限定でBBCラジオ2で聴けるようになりました。すべての音楽業界人は聴くべし!番組進行役はトレヴァー・ネルソン。』

 
そんなわけで、松尾さんはもちろんのこと、遠くパリから松尾さんを誘ってくれた偉大な音楽家「鷺巣詩郎」さん、「すぐにロンドンに行かなきゃダメだよ」と同行した「久保田利伸」さんはじめ、それを陰ながらサポートする「メロ夜STAFF」「みやーんさん」等々皆様方のおかげで、この貴重な「クインシーの85歳聖誕祭」に、遅ればせながらも、ステージから最も遠い末席とはいえ、今回の貴重なライブに参加させていただいたような気分になりました。まさにIT時代の恩恵と言えましょう。技術の進歩にも、ひたすら感謝ですね。

それでは、新旧含めあらゆるカテゴリーから多くのアーティスト・ミュージシャンが集結したコンサートの中から、JAZZのスタンダードとなって久しい「サラ・ヴォーン」の代表曲『Misty』(オーケストラ指揮&アレンジ:クインシ―・ジョーンズ-1958年パリ録音)を、米国はテネシー州メンフィス出身の女性シンガー「Dee Dee Bridgewater」(ディー・ディー・ブリッジウォーター)
による素晴らしいカヴァーを、まずひとつ。
(観客の方による撮影のようですが、視聴できる今のうちにどうぞ)
 


DEE DEE BRIDGEWATER & QUINCY JONES ORCHESTRA – “MISTY”
Quincy Jones’ 85th birthday celebration concert

 

そして、トリビュートの対象となった「ロッド・テンパートン」が、クインシーに見出される以前に在籍し、英国で結成された多国籍人種による「Multinational Funk-Disco Band」であった『HEATWAVE』時代に遺した伝説のスロウなバラッド作品『Always and Forever』(1977年発売)を、今年の7月で没後13年が経過した偉大なSOUL/R&Bシンガー『LutherVandross』(ルーサー・ヴァンドロス)が遺してくれた、生前1994年英国ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールにて収録されたカヴァーで締めくくりたいと思います。

 


LutherVandross – “Always and Forever”
(from Always and Forever: An Evening of Songs at The Royal Albert Hall in 1994)

 

Rest In Peace

 

*「Rod Temperton」(ロッド・テンパートン)に関心を持たれた方、よろしければ関連記事含め、過去記事もご覧ください。

 

“TOWER RECORDS” 創業者 ラス・ソロモン氏 逝去

春がやって来そうで来ないような、北朝鮮が米国と会談を持つ予定だとか、永田町では国政がひっくり返るほどの政局が混乱を極めている最中で、海の向こうの米国カリフォルニアからとても残念な「訃報」が舞い込んだ。

 

 

TOWER RECORDS (タワー・レコード)の名物創業者としてよく知られた、偉大な「Russ Solomon (ラス・ソロモン)」氏が、現地時間3月4日に、カリフォルニア州サクラメントにある自宅で、静かに息を引き取った。TVで第90回アカデミー賞授賞式を視聴中に、心臓発作を起こし、そのまま帰らぬ人となったという。92歳だったそうだ。

 

ABC7 News – SF Bay Area

 

ある意味自分にとっては、大好きなアーティストが逝去したのと等しいくらい、残念なことでならない。思えば大学生だった80年代、キャンパスが近かったこともあり、学校帰りはバイトに行く前に必ず週に3・4回は、東急ハンズの先にある宇田川町の旧店舗まで足繁く通ったものだった。
いつの間にやら店員さんとも親しくなり、会えばこちらの好みの新譜をそれとなく教えてもらったりしたことも、度々あったことを懐かしく思い出した。TOWERで入手できないものは、学校裏手の南青山・骨董通りにひっそりと存在しマニアが集結した伝説のレコード・ショップ「パイド・パイパー・ハウス (Pied Piper House)」か、TOWERのすぐ近くにあった「CISCO」だとか、それでも見つからないときは御茶ノ水の「disk union」辺りを、レコードを求めて彷徨っていた時代が、本当に懐かしい。とはいえ、お目当てのものは大体タワーで見つけられたものだった。

自分が会社員を20年以上続けた末に、独立して音楽にこだわりを持ったカフェをOPENしたのも、そして閉店した今でもこんな「音楽主体のブログ」をずっと続けているのも、若い頃に並々ならぬお世話になった「TOWER RECORDS」の存在抜きには、何ひとつ語れないものだ。つまりはラス・ソロモン氏の音楽ビジネスに対する尋常ではない情熱による影響もあって、「Mellows」が誕生し、そしてこのサイトがこうして存在しているともいえるのだ。

1990年代に入って、日本国内ではレコード会社をグループに持つ音響機器メーカーの「SONY」の主導で、海外諸国に比べると市場から一気にアナログ・レコードが駆逐され、あっという間に「CD」の時代に移行してしまった感が強い。その頃から、TOWER だけでなく、「CDショップ」という空間にうまく馴染めない自分がいて、いやでも出没頻度は減っていったものだった。
その後の「iPod」に代表される Digital Audio Player への移行に伴う「配信」の時代の到来が、結果的に街の「レコード屋」であるとか「CDショップ」を廃業に追い込んでいくわけだけれど、TOWER RECORDS ももちろん例外ではなかった。そのことは過去記事で一度大きく取り上げさせてもらったので、時間のあるときにでも、ぜひご一読願いたい。

 


“All Things Must Pass: The Rise and Fall of Tower Records”

 

世界中の人々にあらゆるカテゴリーの音楽に触れる機会を与えてくれ、「No Music, No Life.」の精神を教えてくれた偉大なラス・ソロモン氏のご冥福を、謹んでお祈りしたいと思う。そして心より御礼を申し上げたい。

 

R.I.P. Mr. Solomon…