【episode】 『二人分の珈琲』

いよいよ明日からの三連休を最後に、cafe Mellows も営業を終えることになります。
わずか一年間の営業とはいえ、足を運んでいただいたお客様は数千人を超えており、ご愛顧いただいたお客様はもちろんのこと、寂しい想いは店主も同じです。こちらの都合で、メロウズを大切に思ってくださっている皆さんの「心のよりどころ」が失われてしまうことに対して、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そんな複雑な気持ちが交錯する今、いつか何らかのかたちでご紹介したいと思っていた、「珈琲」と「喫茶店」にまつわるひとつのエピソードを、最後にご紹介させてください。

このストーリーは、僕の原点となる軽井沢にある喫茶「ばおばぶ」(現在:「ふりこ茶房」)さんのマスターから、数年前に伺った実話です。

 

 

軽井沢といえば誰でも知っての通り国内有数の「別荘地」ですが、近隣の別荘地にお住まいのある老夫婦が、よくお店にいらしていたそうです。
しばらくお見えにならないなと思っていた頃に、ある日奥様だけがおひとりでご来店され、いつものお気に入りの席にお座りになり、穏やかな様子で『珈琲、二つお願いします』とご注文をされました。オーダーを受けたマスターは、「ご主人は後からいらっしゃるのかな..」と思いつつ、いつも通り丁寧に二杯分の珈琲を淹れ、テーブルまで運び珈琲をテーブルに置こうとしたそのとき、奥様が羽織っていた服の懐に、何かを大切そうに抱えていらっしゃるのが見えました。奥様が大切に胸にしまっていたのは、ご主人の「遺影」だったのです。
瞬時に事の次第を察知したマスターは、表情ひとつ変えることなく、二人分の珈琲をテーブルに差し向かいにそっと置き、「ごゆっくりどうぞ」とだけ言葉を掛けて、静かに厨房に引っ込んだそうです。
ご婦人は、窓の外の景色を眺めながら、ゆっくりと時間を掛けて、今は亡きご主人の分の珈琲も飲み終え、お帰りの際に「生前に、主人がどうしてもまたこちらで珈琲を飲みたいと、ずっと申しておりましたので..」とお話をされ、寂しそうではあったもののどこか納得をされたご様子でお帰りになったそうです。

 

 

実話とはいえ、すべてを忠実に再現ができているかわかりませんが、お店が愛されるというのは、こういったことを言うのだろうと、このお話を初めて聞かされたときはもう涙が止まらなかったのを記憶しています。開店以来「30年」という途方もない時間を経てきた歴史と、それまで培ってきたお客様とお店との信頼関係が、そうした心温まるストーリーを生み出したのだといえるのではないでしょうか。
将来自分がお店を持つ時は、流行り廃りとは無縁であっても、それくらい愛されるお店を目指そうと、心に決めたものでした。しかしながら、時代が求めているものと自分の目指す場所との間には、大きな隔たりがあったことは否定できない事実でした。

結果として「30年」とは比較にならない短い時間でしたが、”cafe Mellows” は、皆さんの心の中にそんな「大切な何か」を残せたのか、正直なところ今の僕にはわかりません。

残すところ、あと3日の営業となりますが、そんな心温まるストーリーをポケットにそっとしまって、心を込めて珈琲を淹れたいと思っています。

 

※ cafe Mellows の営業は、11/25までの金・土・日の週末で終了となります。

 

 

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